その背中に導かれて
振り返ってみると、どれだけ多くのものを彼から受け取ったのか計り知れない。アンジェ・ポステコグルーのことだ。
まず第一に、彼の表現するサッカーが好きだ。監督就任当初から現在に至るまで、彼のチームのサッカーは様々な言葉によって形容されてきた。僕に言わせれば、彼のサッカーは「喜び」そのものだった。ボールを蹴る喜び。大きなものに挑むことの喜び。何かを仲間と共有することの喜び。そして何度だって、彼はその喜びの輪に僕を引き入れてくれた。
彼の使う言葉も好きだ。決して多くを語る人ではないが、メッセージはいつでも力強く、内なる信念を帯びていた。サッカーには言葉が不可欠だということを僕に最初に教えてくれたのも彼だった。
その佇まいも、他の人間とは一線を画していた。背中は大きかった。腕を組んでピッチを見つめる姿は、常に僕たちの背筋を正した。たまに見せてくれる優しい笑顔と豪快なガッツポーズで、何度でも彼のことを好きになった。
在任期間のうちに彼が一貫して表現しつづけてきたサッカーとそれを取り巻く精神性は、サッカーファン歴のまだ浅かった僕の中にしっとりと浸透した。もはやそれ以前のサッカー観、人生観がひどくちっぽけなものに思えてしまうくらい、自分の人生に大きな影響を与えた人だ。でも、僕が彼から受け取った最も大きなものは、ボスその人に関することではない。
彼は僕に、マリノスを以前よりもっと好きにさせてくれた。毎週試合を見るのが楽しみで、勝っても負けてもマリノスのことを考えて、そうしてまた次の一週間を迎えるような日々が3年半ずっと続いた。
彼はいつも言う。「わたしたちはファミリーだ」と。そう、僕たちはファミリー。家族だ。他に言い表すことのできる言葉が思いつかない。それでも彼は自身の夢を追いかけて、遠い別の場所に向かうのだという。
それならば僕たちは、彼が大きくしてくれたこの家に、これからも住み続けよう。時が経つにつれて、彼のことを知らない家族がすこしずつ増えていくだろう。それでも、この家には彼の記憶が残っている。僕たちが、ずっと語り継いでいけばいい。
ありがとう、アンジェ。これからの人生に、幸多からんことを。