生きる(上島竜兵さん同世代の死)
丑婆は上島竜兵さん1961年同世代の丑年である。ダチョウ倶楽部のいじられキャラでいい味をかもし出すコメディアンであったが、自死されたそうです。
ご冥福を祈ります。
60歳代の芸能人が相次ぐ
渡辺裕之さんは66歳で老人性うつで自死された。
60歳代とは、難しい歳頃である。
丑婆もうつといえばうつうつしい
症状はある。
朝起きると、今日一日が重くのしかかってくる。
今日も一日死むかっているだぁと
思ってしまうことがこの頃多くある。
各自に死に向かっている道の中で、決して若くない己になんのも言えない悲しみがある。
渡辺裕之さんは、肉体を鍛えてた身体が売りの俳優さんであっただけに、肉体への美意識も強かったであろう。
歳を重ねて、自分が売りとしている
身体と俳優という役割の中で自己解離していったのではなかろうか?
完璧主義者で神経質な人がありがちである。
年老いた肉体に変化する。
俳優としての演じる幅が少なかった。
60歳という年齢での役柄はそうニーズもない。
渡辺裕之というネームバリューもそこそこあるが、いろんな役をこなせる脇役でもない。
肉体を衰えないよにひたすら、老いに逆行して身体を鍛える。
理想と現実の狭間で生の壁を登り
死の世界に向かってのでは??
体を張った肉体派コメディアン
上島竜兵さんは、身体をはった大ボケをすることで笑いをとる。
熱湯風呂や熱い食べ物などマゾヒズム的、精神的肉体的苦痛を笑いのネタとしてした。
天然キャラ的に演じていただろうが、役割としての演出であり、本来の上島竜兵さんとは差異があった。
丑婆と同い年である……
肉体な精神的な苦痛を売りには限界がきたのではなかろうか?
肉体的に、体を張る芸はきつかったのではなかろうか?
考察するに、身体的な限界がきてしまい、かろうじて精神的な不安定さも笑いの自虐ネタにしてきたが、それすらにもくたびれ果ててしまったのでなかろうか?
60歳とは微妙な歳頃である。精神的にも肉体的にも衰えを実感することばかり。
若くはないがさりとて老人でもない。
仕事では退職に至る次期。
新たな才能を発揮する体力も気力も限界がある。
今の立ち位置で残された道とは??
死へのゴールが見え隠れする歳頃。
さめざめとした生死の前に立っている恐ろしさ……
一体これでよかったのか???
真面目に取り組んでも辛くなるばかり
逃避しても苦痛苦悩は追いかけてくる。
生きている意味の冷静な判断思考が衰える。
生きる意味とは?と考える今日この頃の丑婆であるが……
言うに簡単だが
なかなかそうは受容や覚悟は難しい……
色即是空 空即是色🙏