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第一話/白鳥のワルツ④【呪いの箱庭】

〈6/それは、ワルツのように〉


 偶然にも今日の授業は自習学習となった。どうやら教授が退っ引きならない理由で、講義を欠席する事態に陥ったらしい。応急処置として出された課題は簡単なテストであり、提出さえすれば出席扱いになるというもの。喜んだ学生達はさっさと課題を片付け、教室を出て行ってしまった。

 そんな中、熱心に机へ向かう生徒が二人。ルノーとユーゴだった。勿論、彼らはとっくに課題を済ませており、現在は別科目の勉強に注力している。

「畜生ー! 暗記内容が多すぎるだろ。こんなの覚えられるかよ!」

「繰り返し書き取れば自然と身につくよ。次のテストでイヴに勝つんだろう?」

「暗記じゃあいつに勝てねぇよ……」

「君が特異な文書題だって、ある程度知識がなきゃ何もできないじゃないか。両方の点を上げるつもりで、もう少し頑張ろう?」

 わかったよ、とユーゴがペンを握り直したとき、終礼のチャイムが鳴った。

「集中してると時間って結構早く立つもんだな。ルノー今日は飯どうする」

「そうだな。図書室に行こうと思っているんだ。お誘いは嬉しいけど、また今度で」

「近頃多いな、図書室。グザヴィエがさびしがるぜ」

 グザヴィエが?

 思わず聞き返すと、彼は何か不意を突いたように笑う。

「あいつ、ここ数日君がカフェテリアに来ないせいで若干不機嫌なんだよ。寂しがってんだ」

「彼が機嫌悪そうにしているのはいつものことだろう」

「それに輪をかけて、さ。たまには顔を見せてやってくれ」

「うん、気が向いたら」

 ルノーはユーゴに別れを告げると、教室を後にした。

 グザヴィエと出会ってから、数ヶ月。彼ら四人組と行動を共にすることが増えた。調子に乗るが切れ者のユーゴ、大人しく気配り上手なベルナール、男性顔負けの気の強さを持つイヴ。そして、あの日出会った最初の友人、グザヴィエ。昔なじみであるという彼らは、ルノーを快く仲間として受け入れた。魔書にゆかりのある家系に生を受けた彼らの経験はどれも興味深く、時には実家の蔵書である本物の魔書に触れさせて貰ったり、知り合いであるという有名な装幀師と話を聞く機会に恵まれたりもした。

 有意義な生活だけではない。いつしか、ルノーに向けられた偏見と批判の声も聞かなくなった。

「俺たちの家は貴族の中でもちょっと名を知られていてな」

 そうユーゴは言っていたが、ちょっとどころではない。それぞれが皆広く名を知られるフランス随一の名家なのだ。過ごしやすくなったのにも納得がいく。嬉しい反面、彼らを利用しているような気がして申し訳ない気持ちにもなった。こうやって何かと理由をつけて一人で行動するようになったのも、それが理由だ。

「ルノー!」

 廊下を歩く途中、声をかけられた。自分の名を呼ぶ者は学院内に数えるほどしかいない。振り返る前に、声の主の予想は付いた。

「グザヴィエ」

 遠くから、ひらひらと手を振るグザヴィエがやってくる。彼の表情を見るやいなや、ルノーは納得した。

 ああ、確かに。よく見ればいつにも増して眉間の皺が深い。

 グザヴィエは、ずいと顔を覗き込み言った。

「これから昼だろ。な、一緒にランチ行こうぜ」

「あぁ、そのことなんだけど」

 なんだ、と首を傾げるグザヴィエに、レポートの提出に間に合わないから、とその誘いを断る。途端に、一文字に結ばれていた唇が曲がった。

「なんだよ。最近付き合い悪いじゃねぇか」

「ほら、僕はみんなより多めに授業を取っているから。その分勉強しなくちゃ」

「ふーん……」

 腑に落ちない様子で、赤い瞳が他所を向く。拗ねた子どものような所作に、彼の末っ子としての片鱗を感じ思わず吹き出した。

「なんだよ」

「なにも。今週で単元に区切りが付くから、それまでもう少し待っててくれ」

「後から新しい単元が~なんて言い出すなよ」

「もちろんさ。しばらく昼休みは君たちと過ごすよ。約束する。だから、そんなにむくれないで」

「はあ、むくれてねぇし!」

 わかったわかった。

 グザヴィエを適当に宥めると、ルノーは歩き出す。

「じゃあ、さくっと終わらせるから待っていて」

「わかったよ!」

 じゃあな!

 ぶっきらぼうに手を上げると、グザヴィエは足早に去って行った。その後ろ姿を見届けると、ルノーも図書室へと急いだ。

 ポケットに入ったメモを取り出す。今日手に取る予定の本は『魔書装幀における魔術式の基礎技術』と『東洋魔書史』。いずれも持ち出し禁止の書物で、なかなか手に取ることのできない代物だ。予約を待ちに待ち、今日やっと閲覧できる。正直、楽しみで仕方が無かった。

 ルノーは小走りに校舎を抜ける。ここから図書館までは、敷地内から徒歩で十分ほど移動する必要があるのだが、薄暗い裏道を使えば五分で事足りる。危ないからあまり人気の無い場所に行くな、とグザヴィエたちに口酸っぱくいわれていたが、今日ばかりは仕方が無い。渡り廊下の柵を抜け、ルノーは道を外れた。

 日光を壁が遮り、湿った土の匂いと鬱蒼と茂る蔦。明るい校舎と違って陰鬱な雰囲気に悪寒が走る。だが、たった五分の道だ、そう言い聞かせ、駆け足でその場を去ろうとした。

 その時だった。

「いっ!」

 何かに躓き、前に倒れ込んだ。舞い上がる土の匂いと湿気った感触に体を埋める。

 木の根だろうか、それとも誰かが捨てたゴミの類いだろうか。それにしても、不注意だった。

「……!」

 起き上がろうとしたルノーは、周囲の異変に気づく。人の気配だ。それも1つではない。三人?いや、もっと居る。五人?六人?とにかく、沢山だ。
 嫌な予感がする。恐る恐る顔を上げると、その予感は的中した。

「よう、首席殿。こんな薄暗い場所で何してんだ?」

 にやりと弧を描く下衆な笑みに、全身の筋肉が強張った。

・・・

 一撃、一撃と腹部に重い衝撃が襲う。腹部だけではない。背に、脚に、顔に、逃げることのできない、炙られるような痛みが走る。血を流し、涙を零し、空の吐瀉物を吐き出しても尚、容赦なく感覚を揺さぶる。

 どうやら彼等は、以前からルノーをよく思っていなかった集団らしい。いつか一泡吹かせてやろうと虎視眈々と機会をうかがっていたようだった。その甲斐あって、先ほどチャンスが巡ってきたという。

「な、んで……」

 なんで、自分が。

 不意に出たこの一言が、一人の逆鱗に触れた。ひときわ強い痛みが頭部に直撃したと思うと、無理矢理上体を起こされ、睨まれる。

「なんでだって?お前が目障りに決まっているだろう」

 朦朧とする意識の中、怒号だけが感覚を刺激する。

「最初から、この学校に来たときから!お前みたいな貧乏人が居るのが気に食わないんだ。優秀だかなんだか知らねぇが、その貧乏くさい顔を見るだけで腹立つんだよ!」

 握られた拳が、頬に直撃する。鈍い音と血飛沫が散る。同意に胸元に入っていたハンカチがひらりと土に落ちた。

「……!」

「あ?なんだコレ。貧民が持つような代物じゃないだろ」

「嫌だ、やめろ!」

 瞬間、目の前で繊細なシルクに小さな亀裂が入る。ルノーはそのまま力任せに引き裂かれたそれは、悲鳴にも似た音を立てる。

 全身の力が抜けた。伸ばした手は放り出され、あれだけ反抗していた瞳の色はすっかり褪せた。

 弟たちの顔が目に浮かぶ。毎日靴を磨き蓄えた、たった一枚のハンカチのためのコイン。幼い彼らにとっては大金だったはずだろう。お菓子を買うこともできた、本を買うこともできた。欲しいものがあったことは容易く想像がつく。それでも彼らはルノーのため、それをはたいたのだ。

 ひらりと地面に落とされた歪な布きれが、靴底に踏みにじられる。丁寧に丁寧に使ったそれは、一瞬にして泥まみれとなった。瞬間、ルノーの脳裏から抵抗という選択肢が消えた。

「なんだなんだ。急に静かになったな」

「喚かれる方が面倒だろう。さて、二度とこの学校の門をくぐれない程に……いや、二度と家からでられなないようにしてやろうぜ」

 ぐい、と襟を掴まれる。されるがまま上体だけを起こされ、シャツのボタンがいくらか外れた。口の端から赤い筋を垂らし、ルノーは僅かに眼球を動かす。朦朧としている。まるで磨り硝子越しに見る景色のように、景色は見えた。これから自分はどんな目に遭うのだろ。そう考えるほどの気力は既に無く、ただ母と弟たちへのやるせない思いだけが満ちていた。

 願わくば、死ぬことだけは。

 力なく瞼を閉じた。その時だった。

「最近どうもつれないと思ったら、俺意外に友達が居たなんて聞いてないぜ、ルノー」

 快活なその声に、はっと意識が覚醒する。光の先にあったのは、不適な笑みを浮かべる一人の青年だった。

「グザヴィエ……?」

「へえ、随分と沢山いたもんだ。俺にも紹介してくれないか?」

「貴様は……くそ、邪魔しやがって!」

 一人の青年が、グザヴィエの襟首を掴み殴りかかる。振り上げられた拳は、涼しげな彼の表情へ向かって振り下ろされた。

 殴られる。

 ルノーは確信したが、それはいとも簡単に覆された。グザヴィエは素早く拳を掌で受け止めねじる。同時に襟首を掴む手首をはじき、滑らかな身のこなしですり抜けた。痛みに悶える声を鼻で笑い、彼は反撃の体勢へと移った。

「はっ。ヘッタクソだな。構えがなってねぇ。拳で殴るってのはな、こうするんだ、よっ!」

 強く握られた右の拳は、体勢を崩した青年の腹部へ思い切り打ち込む。腹の柔らかな部分にめり込んだそれは肉と皮膚越しに胃袋を刺激した。必然的に胃の内容物がせり上がり、未消化の吐瀉物とともに地面に落ちる。

「うっへ、きたね。ま、俺も殴るより蹴る方が得意なんだけどなぁ」

 しんと沈黙が流れる。ただ一人、グザヴィエだけが蟻の子で遊ぶ子どものように敗者を足で弄んでいた。

「お、一人で終いか? 威勢のわりには随分と腑抜けた奴らだな。ん?」

「なんだと、貴様!」

 安い挑発にいとも簡単に彼らは乗せられた。それは目の前の男の計算であると、脳ではわかりきっていたことだろう。それでも尚、傲慢な矜恃は傷着けられることを許さなかった。

 次々と殴りかかる生徒達の隙間をくぐり抜け、グザヴィエは次々と迎撃をこなす。無駄がなく鮮やかで、まるで雄々しき演舞を想わせた。いまだはっきりしない視界の中で、彼ただ一人がくっきりと写る。春の日差しは白鳥の羽を鮮やかに照らす。まるでスポーツかのように、心地よい運動に汗を飛ばしながら笑うその姿が、眩しかった。

 ほんの数分の間を置いて、再び静寂が訪れた。立っているのは、グザヴィエただ一人。足下にはすっかり気を失った生徒達が数人。他にもいくらか居たはずだが、きっと逃げ出したのだろう。

「なんだ。手応えねぇな。かろうじて準備運動ってとこかな」

 つまんね。

 そう言って近くに倒れる生徒を足で小突くと、意識を取り戻した彼らは蜘蛛の子を散らすかのように皆立ち去っていった。グザヴィエはルノーの元に歩み寄ると、伏せたままだった彼をゆっくりと起こした。ただの一言もかけず、無言で砂埃を払うグザヴィエに、謝罪する。

「……ごめん」

「別に、謝るようなことはない。あーあー。随分と男前になったな」

 大きな手が、ルノーの顔を包み込む。指が砂混じりの血に染まった。

「いたいよ」

「悪い悪い。綺麗にするだけだ。いくらお前でも傷口が汚れた状態での治療はできないだろう」

 ルノーは仕方なく頷くと、顔を歪ませながらも身を委ねた。

「すごかった。まるで踊っているようだったよ……格好良くって綺麗だった」

「紳士の嗜み(サバット)さ。ところで、なんでお前は抵抗しなかったんだ。催眠使えただろ。なかなかお目にかかれない上等な技じゃないか。なぜ使わなかったんだ」

 ルノーは口を噤む。

 以前、仲間内で特異な魔術に関する話題になったとき、そう言った。ああ、言わなければよかったと後悔するのも遅い。

「……怖いんだ」

 怖い?

 グザヴィエは訊ねる。

「僕の催眠は少し強くて。眠らせるだけならまだしも、加減を間違えれば脳に収まった記憶に傷をつけてしまう可能性がある。怖いんだ、それが」

「ははは、随分と優しいな。その心を大切にしろと言いたいところだけど、身を滅ぼすような真似はするなよ、絶対にだ」

「……わかった」

「ルノー。次、もし自分の身に危険が迫ったら魔術を使っていい。他でもない、お前自身を守るためだ。いいな?」

 いつになく真剣な眼差しに、反射的に頷く。

「こんなものでいいだろう。立てるか」

「うん」

 肩を借り、壁を伝いながら立ってみると、ずきりと脇腹が痛む。先ほど強く蹴られた場所だ。痣でもできているのだろうか。不幸中の幸い、若干足が覚束ないながらも支えを借りれば歩けるらしい。

「痛んだら言えよ」

 人目につきにくい校舎の裏を小さく進み、安全な場所に向かう。

「……もしかしたら彼ら、君のことを悪く言うかもしれない」

「問題ない。もし俺のことを告発すれば、お前に暴力を振るったことがバレる。流石に暴力沙汰は好ましくないだろうからな。ま、何があってもイヴやベルナールの家が全力でもみ消しにいくだろうよ。彼奴ら、お前のことすらも弟扱いし始めたからな」

 自分より年上だってのに、変な奴らだよな。

 けらけらと笑い飛ばす横顔に、心が僅かに軽くなった。

「……ありがとう、グザヴィエ」

「いいってことよ」

 グザヴィエはルノーを支え、旧校舎へと向かった。

 相変わらず埃っぽい空気の中、椅子に腰かけ痛む場所の衣服を捲る。シャツの下にはこぶし大の内出血がいくつも広がっていた。

「うわあ……」

「思ったより酷い状態だな」

「痛い痛い痛い!もう少しやさしめに触って!」

 指先に魔力を込め、そっと痣をなぞっていく。内出血はゆっくりと薄くなり、元の肌色へと戻って行った。治癒の魔術に使う魔力量は多い。程度の軽い内出血であっても、体中となると必要となるリソース量は自ずと多くなる。服の外、見えるところだけを直していった。一気に治療を施して魔力不足になるのは避けたい。他は魔力が戻ってから、または自然治癒を待っても構わないだろう。

 ふと一息吐くと、視線を感じた。グザヴィエだった。じっとルノーの体を見ながら、険しい顔つきをしている。

「どうしたの。まだ傷が残ってる?」

「骨浮いてんじゃん。ちゃんと飯食べてるか?」

 はあ⁈ と思わず素っ頓狂な声を上げる。確かに、人より細身で多少肋骨の影が見える体型だが、そこまで驚くことがあるだろうか。

「た、食べてるよ! ……最近は一日一食だけど……」

「バーカ。今はよくてもいつかぶっ倒れちまうぜ。今だけはお節介焼きの気持ちがわかるぜ。そうだ、ビスキュイ食べるか?うちの母さんの実家の味だ、どうせ昼飯まだだったろう」

 グザヴィエは懐を漁り、小さな包みを取り出す。紐で縛った包紙を解くと、ふわりと甘い香りが広がった。久しぶりに嗅ぐ砂糖の香りに香ばしいアーモンド、そして時折顔を出す甘酸っぱい何か。これは……

「ベリー?」

「正解。しかもただのベリーじゃあないぜ。俺が庭で育てた特製だ。ポケットに入れていたせいでいくつか欠けているけどまあ、口に入れちまえば変わんないだろ」

 ルノーは小さなものを1つつまみ、小さくひと口齧る、ころりと下の上に落ちた欠片から、下に染みる砂糖の甘みが広がる。同時に程よい酸味のベリーが砕かれた。

「どうだ。美味しいか?」

「うん。とても心地いい」

「心地いい?よくわからないが気に入ってくれたのなら嬉しいよ」

「お母様、お菓子を作るんだ。レイ家は名門なのに」

「貴族だって、作りたくなれば菓子くらい作るさ。それに、俺の母さんはお前みたいな一般家庭の出身だぜ。その昔、俺の父さんと恋に落ちてむすばれたのさ」

「普通の⁈」

 思わず声を上げてしまった。てっきり貴族は貴族としか結婚できないものだと思っていた。貴族と平民の恋。まるでロマンス小説のような響きに思わず胸が熱くなる。

「うちは特殊な事例だけどな。でも、絶対無理なことではない。お前も、夢だけは持っててもバチは当たらないぜ?」

 な?

 そう悪戯っぽく笑う彼の真意が透けて見えたような気がした。顔が赤くなるのを感じる。

「ちょっ、ちょっと!」

「なんだ。俺は何も言ってないけどな。今何想像した?」

 可笑しそうに彼はまた一つビスキュイを摘まむ。

 学院の塔の鐘が鳴る。グザヴィエが懐中時計を覗き込むと、午後の始業時間が訪れていた。

「あーあ。今から行っても間に合わないぜ。科目なんだっけ」

「……装幀史、だね」

「よりによってかよ。あの教授、怒ると面倒なんだけどな」

 グザヴィエの縋るような視線と目が合った。

「ルノー、立てるか?」

 その言葉に内包された意味に、思わず口元が緩む。

「そうだな。もう少し時間が欲しいかもしれない」

 嘘だ。多少だるさは残っているが、立って歩く分には問題が無い。それでも彼のためなら、ほんの小さな罪を負ってもいいと思った。

「そうか。じゃあ、お前を一人にするのは不安だ。見張り番をしてやらないと」

「嬉しいな」

 静かな部屋に、二人の笑い声がこだまする。

「なあ、ルノー」

「次は俺の名前を呼んでくれ」

 まるで、聞こえないよう気遣うように、呟かれた彼の一言。返事をしていいものかと迷いつつ、視界の外で頷いた。

「次がないのが一番だけどね」

「それはそうだ」

 遠くから聞こえていた学生達のはしゃぐ声はすっかり消えた。代わりに春の鳥のさえずる声だけが聞こえる。

 いけないことをした。頭では理解していても不思議と罪悪感はなく、むしろ開放感が胸にしみる。四角に切り取られた清々しいほどの青空を仰ぎ、ゆっくりと目を閉じた。

 僅かな汗の匂いと、甘いビスキュイの香り。それはまどろみに落ちていく最後の瞬間まで、ルノーの傍らに寄り添い、見守った。


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