電気生まれの女の子

汽車の来ない駅で待っていたのは、電気の子でした。
薄藍色の待合室で、黄色いマフラーをそっと休ませていました。
鳩時計が、ポッポと鳴きました。

「首都への汽車は、いつ来るの?」

彼女は僕に、そう問いかけました。
青白い火花が、ひとみの中で散っていました。

「……知らない。僕がここに来てから、汽車なんて来たことないから」
「でもあなたは、この駅に住んでるんでしょう?」
「うん。いつからか、もう忘れたけれどね」
「じゃあ、切符を作ってくださらない? 駅員さん」

白い息が、ふうっと広がりました。
僕はバツが悪くなって、くるくる鉛筆を回しました。
幼い時から眺めている路線図。
数字のない時刻表。
石油ストーブの赤い火が、僕の顔をほてらせました。

「切符だったら作れるよ。首都への汽車に、乗る切符。来るか来ないか、わからないけど」
「それでもいい」

ぱちっとハサミが鳴りました。
厚紙一枚切れました。
黒々した活字で印字されたのは、『首都』『首都』『首都』。
雪ばっかりの、つまらない街の名前です。

「ありがとう」

少女は切符を受けとりました。
そしてそれを、大事そうに胸元へしまい込みました。
黒い外套なびかせて、黄色い街灯の灯る、白いプラットフォームへと昇っていきました。

「おーい! 汽車は来ないよ!」

僕は声をあげました。
白い吹雪が吹き込みました。

「汽車は来るの、絶対に! 百年待ったの、星が重なるまで」

ぽっぽー、鳩時計が鳴いて、午後二時を教えてくれました。
ぽっぽー、ぽっぽー、ぽー。
遠い汽笛が鳴りました。
そうしてすぐに、轟音、熱い鉄、蒸気、憧れ。

「さようなら。ありがとう。切符のために百年間、あなたを待ったかいがあったわ」
「待って! 僕も乗るよ」
「いいえ、あなたは駅員さんだもの」
「じゃあ、僕も切符を作ろう」

思いついて、ホームの階段を駆け下りました。
僕は引き出しから、小さな手帳を取り出しました。
そこに書きつけた数字は『首都』『首都』『首都』。

「ふふ、おかしいわね」

客車の扉が開きました。
黄色い灯りが漏れました。
暖かい空気と談笑と食堂車。
足を踏み出しても、透明な壁、柔らかい壁。

「夢で逢いましょ、百年後。鳩時計が、錆びる時」
「嫌だよ、君と一緒に行くんだ」
「いいえ、あなたは行けないわ」
「どうして!?」

少女は窓辺に立ち、僕を見つめていました。
その瞳には、いつか見たような青い火花が散っていました。

「だって私は、電気の子だから」

僕は手を伸ばしました。
けれど、触れられませんでした。
扉に触れたら、青い火花が飛びましたから。
アルコールランプの汽車は、あっとうまに雪の向こう。
ぽっぽー、鳩時計が三時の鐘を打ちました。
僕の作った切符では、首都に行けなかったのでしょうか? それとも、本当は首都なんかなくて、ただ僕が夢を見ただけなのかしら。
僕はソファに転がって、いつものように、当直コートを毛布がわりに被りました。

パチッ!

電球の明滅。
フィラメントの火花。
電線の贈り物。

「あれは、あの子のキスなんだ」

僕は百年の夢を見ます。

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