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ドキュメンタリー『七転八起の歌手 バーバラ・デイン』

音楽映画祭「Peter Barakan's Music Film Festival 2024」もいよいよ佳境に。今月19日(木)まで。

毎年、狙っているのは日本初公開もので、中でも今年はバーバラ・デインの伝記に期待を寄せていた。個人的に昨年の開催で一番良かった『ルーツを掘る  アーフーリー・レコード物語』と同じ監督とあって、それだけで十分過ぎるほど理由になっていた。

七転八起の歌手 バーバラ・デイン』(2023、アメリカ、107分)
監督:モーリーン・ゴズリング
原題:The 9 Lives of Barbara Dane


知る人ぞ知る才能を取り上げた映画が多い今回、バーバラ・デインという歌手もその最たるものかもしれない。秘宝中の秘宝。このドキュメンタリーを観て、歴史に名を残すような音楽家たちと並び称されても全くおかしくない人だと確信できた。太く迫力ある声や、公民権運動に直接関連する曲を歌い継いできた点からも、私はメイヴィス・ステイプルズを想起した。ルイス・アームストロングとも共演し絶賛され、ボブ・ディランからも賛辞を贈られる。広く知られ評価されるべきだったのに、そうなってこなかったのは、単なる運命の巡り合わせだけなのかもしれない。あるいは一切妥協しない本人の資質ゆえか。女性ポップス歌手としての立ち振る舞いを求められてはピシャリと断り、自由に集えるフォーク・クラブを開設しては金銭にこだわるオーナーと折り合いがつかず離れ、ヴェトナム反戦運動に身を投じ、果ては国交がなかったキューバへも公演旅行に出かける。一見すると破天荒にも思えるが、当人は至って平然と「普通の人が考える当たり前のことをしただけ」と答える。その有言実行ぶりがカッコ良い。齢90を越えご健在で、それだけ活動歴も長く、情報量はかなりのものになる。この手の音楽ドキュメンタリーでいつも思うのだが、詰め込んでも構わないが全クレジットが欲しい。使用楽曲や映像の出典など、エンドロールだけで確認するのは現実的ではないので、一覧にして手元に置いておきたいのだ。ご家族はかなり協力的なようで、バーバラ・デインという存在を記録し伝えていこうと熱心さが伝わるし、息子さんやお孫さんも音楽活動をされている。タイプとしては作曲より解釈が得意な歌い手と思うが、ブルーズからフォーク、ジャズと古い曲を垣根なく取り上げているし、共演者たちもまたジャンルを選ばず幅広い。いくつもある演奏シーンでは、最近のものであろう、円熟の極地というか長く続けてきた人にしか出せない説得力を持ってして"In My Life"など歌われると、心を射抜かれる。元々のザ・ビートルズもやけに達観したような内容だったが、それも相まってこの上なく響く。また青臭いことを書いておくと、数字だけを見ていると、売れるために音楽をやっているわけではない素晴らしい逸材を見逃すし、本物の音楽は得てして大多数が好む種類ではなく、ゆえに大きく売れることはないのだ。資本主義社会の中でそんなことを言うのは負け犬の遠吠えなのだろうが、実際そういうものなのだよ。しかし少なくとも、再生回数と音楽的価値はきれいに正比例するわけではない、とは言えるだろう。
3度の結婚や、それこそ金銭的な苦労などにも触れていたが、おそらくもっと様々な躓きはあったことだろう。しかしこのドキュメンタリーの立ち位置としては、知られざるバーバラ・デインを少しでも世に広めることが目的だろうから、基本的に肯定的な目線だったし、それで良いとも思う。
すっかりバーバラ・デインのファンになってしまった。
モーリーン・ゴズリング監督が自費で来日されトークゲストに。これですでに私が知る限りでも2本の決定的なドキュメンタリー作品を撮っている。すごい映像作家だ。

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