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音楽ドキュメンタリー『ビバ・マエストロ!指揮者ドゥダメルの挑戦』

クラシック音楽にはかなり疎い方の私でも、その名前は耳にしたことがあったグスターボ・ドゥダメル。祖国ベネズエラから文字通り世界を股にかける、まだ40代の指揮者である。
噂に聞く「エル・システマ」という音楽教育プログラムの出身で、創設者でもある師の意志を引き継ぎ、現在は代表としても活動している。私なりに理解するところでは、子どもたちに音楽を、楽器を、演奏を奨励するシステムで、犯罪なり悪事に手を染めさせないよう、本気になって打ち込めるものを提供する一種の社会実験である。これは素晴らしいアイディアだと思う。日本でも取り入れられないか?とすら考えるし、ぜひ世界中で試してみてほしい取り組みだ。自分もこういう教育だったら受けたかった。チェロにも憧れるし、何と言ってもピアノが弾けたらなぁ。
リハーサル場面も含めて、オーケストラの演奏シーンもふんだんに観ることができる。子どもたちによる楽団から、世界最高峰と言えるベルリン・フィルまで。ベートーベン『交響曲第5番』の音楽史における最も有名な出だしの4音、そこに全ての情熱を込める様は見ていて心が洗われるほど。そして今さらながらあまりに良い曲なので涙がこぼれそうになる。とにかく力強い指揮で、譜面をなぞるのではなく感情を熱情を迸らせる演奏はかなり見応え聴き応えがある。プロコフィエフ『ロミオとジュリエット』も全編聴いてみたくなったし、全く知らない作曲家だったがアルトゥーロ・マルケス『ダンソン第9番』もリズムが強烈で印象に残った。
複数のオーケストラを指揮しながら世界ツアーで多忙を極める中、ベネズエラは政変で治安が悪化し、人々のデモも暴力で鎮圧されていた。ドゥダメルは自らの使命を音楽に置いており、政治への発言は控えていたが遂に声を上げる。具体的にはニューヨークタイムズ誌にベネズエラ政府への意見文を掲載。しかしそのことで国からの援助も受けていた楽団の演奏会は次々と中止され、安全な生活すらできない楽団員たちも一人また一人と辞めて国を出て行く。ドゥダメル自身も祖国に戻ることができなくなった。そんな2017年頃の状況が中心として描かれているが、その後どうなっているのかも気になる。少し調べてみようと思う。
少し映っているように、きっと気の遠くなるような練習の積み重ねと、社会と未来を憂う懊悩がドゥダメルと演奏家たち皆んなにあるのだろう。だからこそ、ステージではあれだけのエネルギーを発しつつ躍動しているのだと思う。劇場の大画面と大音響で観ることができて良かった。
10月4日から、YEBISU GARDEN CINEMA 他で全国順次公開。

ビバ・マエストロ!指揮者ドゥダメルの挑戦』(2022、アメリカ、103分)
原題:¡Viva Maestro!



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