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『ザ・ビートルズ Get Back:ルーフトップ・コンサート』
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まずは概要
昨年末に配信で公開された『ザ・ビートルズ:Get Back』。
この長尺のドキュメンタリーから、駆け足で活動歴を振り返る冒頭と、計画の中核となった屋上でのライヴ演奏を切り出して、1時間強の劇場版に仕立て直したのが今回の『ザ・ビートルズ Get Back:ルーフトップ・コンサート』。
新たに付け加えられた映像などはないと思うので、ドキュメンタリーを観た人にとっては、現時点で考え得る限り最高の音響と映像で改めて体験することになる。もちろんここから入る人にとっても得難いものになるはず。
ちなみに個人的には初だったIMAXは、左右だけでなく上下の高さもある巨大スクリーンと、磨き抜かれ文字通り全身包まれるサラウンド音質で、通常の映画館と比べると確かに没入できる深さが違った。
脂の乗り切った演奏
ポピュラー音楽を革新し続けている最中のビートルズ。もはや摩擦は否定できないところがあるにせよ、20代後半になった彼らは音楽面において最充実期を迎えていた。
とりわけポールとジョンの、歌い手としての説得力は群を抜く迫力を感じた。
バンド末期はポール主導という感があり、ここでも彼の勢いは全開になっている。
同時に、最小限の楽器編成に戻った中で、ジョンのギターが楽曲の組み立てに貢献しているのもよく聴き取れる。
堅実に支えながら、勘所を押さえたソロも取るジョージのギターも相変わらず渋く良い仕事。
そして全体を推進させるリンゴのドラムは意外なほど重さがあり、何よりその簡潔さが光る。
煮詰まった4人の風穴を開けてくれたビリー・プレストンのエレクトリック・ピアノも効果的に入ってくる。
もし1960年代中頃のこの時期に、生演奏を広く確実に届ける技術が確立していたら…。
そしてもしビートルズのライヴ盤が作られていたら、それもまた今に語り継がれる名作になっていただろうな、と思わせるに充分な力強い演奏だった。
特に記憶に残る点
最初の曲、”Get Back”のテイク1で、ブレイクからドラムが入ってきて全員の音が戻る瞬間の、思わず体が同時に反応するポール・ジョン・ジョージの姿。
数年ライヴ活動から遠ざかっていたとはいえ、いやだからこその解き放たれたような躍動感があった。
一緒に歌い音を出すことの原初的な喜びがあった。ビリー・プレストンもあのビートルズと共演できてどれだけ嬉しかっただろう。それぞれがとにかく楽しそうで、観ているこちらも一ファンとして、その場にいる興奮を共有できる気がした。
大騒音の苦情で、ついには屋上まで上がってきた警官たちを見つけたポールの反応。
生きるうえでの葛藤や、日常のつまらない締めつけやらから、そのときの一瞬だけ解放させてくれるのが音楽だと仮定するなら、法や良識の外に出るか出ないかギリギリのところで戦い抜こうとするバンドや関係者たちの生々しい息遣いが捉えられていた。
そんな混乱の中、冗談で締め括るジョンの余裕もまた印象に残る。
語り継がれる遺産
入場時間より少しだけ早めに着いたら、館内はもう待機中のお客さんだらけで熱気が充満していた。
50年以上前に解散したバンドが、自分も含めいまだにこれだけ人を惹きつける力があるのかと今更ながら驚く。
2022年の音楽が弱いとは全く思わないが、今の音楽が失ってしまった何かをビートルズに感じ、それこそを人々は求めているのかも、とは考えた。
私のように四半世紀以上に渡り接し続けてきた愛好家にも、ビートルズの認識をまたも更新してくれるものだったし、願わくば今の中学生や高校生にも、この素晴らしいバンドが存在したことを知ってほしいし、この映像からでも入っていってほしい。