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教科書の紙・デジタル選択。日本の現在地、韓国のAI教科書の混乱と狙い。

前々回、前回に続いて、韓国のAIデジタル教科書のこと。
最終回の今回は、比較対象となる日本の現在地、そして韓国の狙いと混乱について書いてみます。ちなみに前々回、前回については以下。

日本のデジタル教科書の議論は?

韓国が2025年からAIデジタル教科書ということだけど、では日本は状況はどうか?
ちょうど今週、中央教育審議会のデジタル教科書推進ワーキンググループが開催され、議論されています。

詳細は原文を読んでいただくのが一番なので、会議資料等のリンクを。

ポイントとしては、次の学習指導要領が全面実施される2030年から「新しい教科書」が始まる、と仮定して議論しています(2030年までを「当面の間」、2030年以降を「当面の間以降」と表現)。

そのうえで、2030年以降の「新しい教科書」に向けて、以下の7つの論点をあげています。

最大の論点はデジタル教科書を検定・採択・無償給与等の対象とするか。
今のデジタル教科書は「代替教材」の位置づけ。検定や採択の対象ではなく、無償で提供されるものではない(現状、英語・算数/数学などで学校から見て無償提供されているのは原則時限の事業の一環)。

その中で、紙とデジタルのハイブリット、デジタルオンリーを無償給与の対象とするのか、は大きな争点なのだと感じます。

2030年をターゲットに、デジタルも検定・採択・無償給与の対象とするのか。その本格的な議論が始まった、というのが日本の現在地という感じです。

韓国のAI教科書は2025年から(のはずが)

一方で、韓国のAIデジタル教科書は2025年3月から。
日本での議論は「デジタル教科書」ですが、韓国は5年早く「"AI"デジタル教科書」という状況です。

ただ、この状況も実は黄信号の状況だったりします。
実は昨年末、AIデジタル教科書が法的に「教科書」ではなく「教材」とする、という法案が多数野党主導で可決しています。
これは日本で今「教科書とするのか?」が論点になっている話を、提供開始3か月前に振り出しに戻すような、めちゃくちゃ大混乱な話です。

これに対し、イ・ジュホ副総理 兼 教育部長官(文部科学大臣相当)は、再議要求権(拒否権)=審議のやり直しの提案を行うことを表面しています。

再議要求権は大統領の権限ですが、、韓国は大統領がご存知の状況なので、かなり不透明な状態になっているのじゃないかな、と。
教科書会社側は「1教科3億円かかった開発費をどうしてくれんじゃ」と訴訟準備を進めているようで、本当に大混乱のようです。

どんでん返しの起点は教員からの反発

この大混乱の背景には、全国の教員からの反発があったことのようです。

AIデジタル教科書に対して、保護者は賛成31、反対31、中立38と意見が拮抗していますが、教員は賛成12、中立14、反対74となっていて、かなり反対意見が強かったようです。

学習効果の疑念やデジタル依存への懸念が根強いことが主な要因のようで、さらには準備不足への懸念も強いようです。
検定完了が11月末で、利用開始が翌年3月と試用期間が3か月しかないこと、そもそも日本のGIGAと比較し1人1台とインターネット接続環境が(日本以上に)十分ではないこと、などは日本のGIGAスクールも十分ヤバいスケジュールで動いていましたが、比較にならないぐらいのヤバさを感じます。

韓国がめっちゃ先を行っている、みたいな感じで書いていましたが、「拙速という指摘に耐え切れず、プロジェクトが崩壊寸前」というのが実態のようです。勿論、大統領の弾劾騒動の影響も大きいらしいですが、、

『デジタル教育イノベーションプラン』

拙速とも言われる韓国のAIデジタル教科書ですが、背景を読み解いていくと、2023年2月に公表した「デジタル教育イノベーションプラン」が元になります。
序文でAIやデジタルの積極活用の背景を説明しています。

・児童生徒の各々の才能を開花していくためには、個々のスキル、興味関心、学習進捗を最適化する個別化された教育システムを実現することが重要
・そのために、誰一人取り残さず、一人ひとりの人生と成長をコントロールできる個別に合わせた教育環境を作り出すことが必要

デジタル教育イノベーションプラン

そのうえで「個別に合わせた教育環境」として以下の図が示されています。

ハングルなので分かり辛いですが、従来は先生⇔児童生徒達の一斉指導的な1対nの関係だったが、今後のデジタル教育環境では「AIデジタル教科書」が教育環境として追加されることで、データに基づく学び・支援が実現され

  • 児童生徒は、AIデジタル教科書によって個別最適な学びに

  • 先生は、データに基づいた指導、適切な評価と進路相談が可能

  • 保護者は、客観店かつ信頼性の高い情報をもとにサポートが可能

という方向性が示されています。

AI教科書の背景、教育格差の是正

このビジョンの背景は、韓国の生じている教育格差の問題。
韓国は教育予算の特徴は、OECD加盟国の比較で見ると公教育の予算が少なく、私(家庭)負担の額も割合も大きい。そのため、各家庭の経済格差が、ダイレクトに教育環境の格差に繋がっていると言われています。

実はこれって日本も同様、またはもっと顕著だったりします。

日本私立大学協会のレポートより

つまりはAIデジタル教科書の政策は、国際比較で少ない公的予算を増やし、多くなっている家計負担を減らそうする施策と言えて、マクロで見ると理に適った政策に見えます。

AIデジタル教科書に投じる莫大な予算

そんな韓国のAIデジタル教科書ですが、私が最も驚いたのはその予算額。日本の学校教育のデジタル政策から見ると、信じられないほどに莫大です。

以下の記事では5年間で2兆5千億ウォン(約2700億円)とのこと。

記事にもある通り、2025年3月に提供開始予定なのにまだ価格が決まっていない(それだけ混乱している)ようです。
が、より詳しく調べてみると、立法調査院(国会の下部組織)が1学年・1教科で月額5,000ウォン(540円)で試算しているようでした。

例えば、日本のいわゆる主要教科(国・社・数・理・生・英)でこれが適用されると、2656億円/年になります。

2656億円!?


2024年の日本の教科書無償給与の予算は471億円です。主要教科だけでこの予算の5.6倍。全教科になったら10倍以上?
前回のnoteでAIデジタル教科書はフルパッケージと書きましたが、日本の教科書・副教材の全予算を足しこんでもこの金額には遠く及ばないはず。
いかに韓国政府がAIデジタル教科書に懸けているかが、予算の面でも垣間見えます(一方で予算が多すぎと批判の対象となって混乱の一因でもあります)。

韓国EdTechの国際競争力強化の野心

見据えているのは韓国発EdTechの海外展開
AIデジタル教科書は、従来の教科書会社とEdTechがタッグを組んで開発しているところが多数です。
汎用的な生成AIは18歳未満(13歳未満)での利用は制限されており、学校教育でのAI利用は世界的にも実証実験レベル以上には進んでいません。
そんなタイミングで国をあげてAIを中心に据えた教育に集中投資することで、韓国発EdTechが他国の先を行き、国際的な競争力得ることを目指していると考えられます。

EdTechを含めてスタートアップへの支援も政府が手厚く行い始めています。

学校教育の視点だけでなく、経済の視点においても、今後大きく成長する教育×AIの分野で世界で一歩先に行こうという表れが、AIデジタル教科書の推進に現われているのでは、と感じています。

ソフトウェア、特にAIへの予算が重要

拙速な面が間違いなくありそうな韓国のAIデジタル教科書施策は、一方でソフトウェアに投資を集中させる、という選択はマクロでは正しいように見えます。

日本の場合はハードウェアや人に投資しがちで、雑な話ですがだからこそDXも進まないように見えています。
GIGAスクール構想も、予算の大部分はハードウェアと人。

正直なところ、学校現場では質の高い人材確保がこれからどんどん困難になっていくはず。社会全般で、特に若年層は壮絶な争奪戦の真っ只中。
人を「質」で見るな、みたいなことを言う人が教育関係では多い印象ですが、そんな生易しい状態ではなくなっています。

先生方の業務を減らすことは前提として、短期的には人員追加は効果はありますが、中長期で持続的に対応していくには、ソフトウェア、その中でも今後はAIを用いた解決が最有力の手段なのだと自分には感じています。

その意味で、韓国がAIを中心に据えたソフトウェア=AIデジタル教科書に予算を集中投資するのは理に適った政策だな、と感じています。

中央集権の是非

一方で、1回目に紹介した以下の図の通り、入口のポータルも、データの入れ物も、さらにはフルパッケージのAIデジタル教科書も国が見ている、というのは国の統制が効き過ぎているようにも見えます。

個人的にはあまり中央集権的なつくり、特に国の統制が強い仕組みは好みじゃなく(じゃあデジタル庁とか勤めるなよって言われるかもですが)、国や地方自治体・学校、民間との分担は日本のやり方ぐらいがちょうど良いのかな、とも感じています。

おわりに

以上、3回に渡って書いてみた「韓国のAIデジタル教科書」でした。3回目が一番長くなってしまいました…。

今回は、AIデジタル教科書の懸念点も書いてみました。様々な混乱や意見もあると思いますが、大胆な政策は見習う点も多くあると思います(当然ながら反面教師の面も)。
特にソフトウェアへの投資の欠如は、日本の大きな課題に見えているので、どうにかせねば、と。

次回は何を書くのか全く決まっていないので、時事ネタを探してみたいと思います。
ではまたー。

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