河童64
落ち着いて首を右手で触れる。それがきっかけで生首の目玉が動いた気がする。
「ウッ」
少し驚き払い除けた首は、水面に綺麗に座り坊主をみる。
「くっ」
気味が悪くなり後ずさる。
が、首は諦めることなく坊主についてくる。
空を見上げる生首。
「うっ、」
恐ろしさがあるわけではない。生首と縁の切れない、そんな我が身の有り様から逃れたい。
喉の乾きを癒したく、水面に這い近づく。
今度は首が転がり邪魔しないように、ゆるりと首を引きづり、水面に顔を近づけた。
水面には血が漂う。
「この血は・・。儂のか、それとも。」
血の漂う水面に写る我が顔。
乾いた血が土が覆い、たまに見かける自分の顔とは違っていた。
とてもまともな人間の顔ではない。
何を思うのか、水面に写る己の顔を見つめている。
社のなかでは、
「ううっ」
康介はうつ伏せに倒れた状態から頭をもたげて辺りをうかがう。
「気を失っていたのか。娘さんは・・」
探すように首を振ると、
「うっ、」吐き出しそうになる。
康介は四つん這いになり戸口へと向かう。
「もう、ここを出たい。外は明るそうだ。」
早くここをさりたくてしかたがない。戦で幾人か殺めていたが、あれは格のある戦い。
ここで見たものは、これまでで一番おぞましい。
あの娘の形相。戦の最中の無念の顔とは違う異質の顔。
「早く忘れたい。」
呟くと同時に這う力もうせて、戸口から頭が出たときに崩れ落ちてゆく。
康介はそのまま身体をよじって大の字になる。
空が見える。
風が強いのか見える雲の動きは速い。
「空には風があるのか・・ここに風はない。」
白い雲は柔らかくも思える。
「あの雲・・あの雲に乗り、國に帰りたい。」
故郷を思いだし目を閉じた。
どれ程の時が過ぎたのか、刹那だけ眠ったのか、頬に風が辺り心地よく、目を開けて辺りをうかがおうとすればからだが痛い。
やさしい風だと思う。
その風は、足音も連れてきていた。