河童56

坊主は怒鳴る。
「ならば覚悟だ。」
叫んで決意を我が身に畳み込む。
坊主は康介の傍らにある刀を掴み戸口へと素早く向く。
一呼吸すると足早に戸口へと向かい、蹴飛ばし、激しく息を吸うと
「ハッ」一気に覇気をだし闇の中へと走り出ていった。
ガンっと激しい足音とともに闇に出ていった坊主へ、康介があわてて声をかける。
「いかんっ、坊主どの早まるな。」
素早くかけた声も坊主の勢いはとめられない。
康介があきらめたように。
「この暗闇の中どうやって・・・。夜目も利かぬだろうに」
つい今まで坊主がいた場所に静かに声をかける。
康介は肩の力を抜いてため息をつき娘の方を見る。
坊主が飛び出した闇の入り口を見つめていた。
生気がない。
「娘さん。何か見えるか。」
康介が問いかけるが娘は闇を見つめ首を横にふる。
康介は痛みで軋む身体を引きずり、外をうかがう事の出来る位置に身をうつす。
そして「闇だ」の一言。

23


恐怖が重なり恐怖をわすれ、血がたぎるままに坊主が闇の中へと飛び出してくる。
日中、小雨が降るなかで記憶した景色、道、木々、草むら、記憶をたよりに闇の中を走る。
「確かここに」
記憶の場所に大樹を見つけ背をつける。ひとつ息を深く吸い込み、闇に向かい中断に剣先をむける。
「来るか。どこから・・いずれの方からくる。」
目が闇になれることもなく、ここまでは社からの漏れた灯りと記憶でこれた。この先のたよりは背中の大樹と耳に聴こえる音だけ。が、しかし。「雨が・・。」
聞こえるは雨音。
しかも、雨は強くなり耳に頼るもつらくなる。
五感を練って六感を創り出すしかない。
坊主は呼吸を調え意識を六感にむける。
「右からか」感じる。
見えはしないが、右手側に視線を向ける。
「いかんっ。凝視しすぎだ。」
見ると見えない。見るとなく視線をずらし視野で見る。
坊主になる前の己を思い出す。
日の下も月の下も闇であろうと、見たいものから視線をそらし見えるものに堪えて動け、惑われるぞ。
幾度も聞かされ意識した言葉を思い出す。その言葉は腑に落ちている。
武士の家に生まれたことが幸か不幸か、思いと関係なくここで活かせる。
望みには合わないが、坊主は気配を感じる闇の一点から視線を外し、あたり、を見るとなく視ている。

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