月の道9

「んー。」
腕組みした子どもの身体からは唸り声だけがもれている。それは恐怖からでもなく、苦しみからでもなく、言葉にできない思いが、喉の奥から自然とわき上がるのだった。
「んー。」
落ち着きは取り戻しているようにあるが、体に力は入り坊主にしがみついたまま一点をみている。
「まあ座れ…よいから座れ。身体からはなれて座れ。」
地面にゆるりと下ろされ促す場所に一点を見つめたまま恐る恐るゆっくり押しをおろした。


一点を見つめる先。視線を釘付けにしている者を、頭の頂き辺りからゆっくり視線を脚へと下げてゆく。
「う~ん。」
くるくると丸まった赤いくせ毛が焚き火の日に灯され揺れているように見える。ボウは背筋をゆっくりと伸ばす。伸ばしきり高さが足らぬと、腰を少しずつ浮かして立ち上がる。
沈黙とパキパキ小枝が燃える音と辺りを揺らす影。
「…つ…角がない…。」
呟いてみる。
坊主も誰もなにも言わない。
「み、みえないだけか…な。」
腰を下ろし始め途中でやめて背を伸ばす。
「眉もあかい。目はオイラと同じで茶色いぞ。鼻は、立派だぞ。」
恐怖よりも勝る好奇心で、ぶつぶつと呟きながら鬼を眺める。

「赤鬼かな…身体はでかいや、でも、怪力和尚の方が強そうだぞ。」
身体はでかく背も高い。胸毛もチラチラ灯され揺れているように見える。腰にボロをまとい疲れてやつれているのもわかる。肩からは古びた袈裟を掛けている。これも薄汚れてよれている。
露出している体の部分は赤っぽい。日に焼けているのか垢なのか、赤鬼だからか。
見方によっては、ひもじさに耐えている日々が長く続いたようにも感じる。
そう思うと痩せこけ始めている気にもなる。

「う~ん。」
喉をならすように唸り鬼の顔を見つめる。
ほりが深く高い鼻は、灯りの当たりようによっては、獲物を狙う山犬のようにも見える。
「妖かし…。獣の肉ばかり喰っているからかな。」
ボウが鬼を眺めつづけ一人ぶつぶついっていると、鬼が黄ばんだ白い歯を見せて「ニッ」と笑う。
「うっっ」
突然の笑顔に驚いてボウは後退り座り込む。
それを視て旅の僧が愉快だと笑う。
「わっはははっ」愉快そうだ。
それが気に入らないボウは、
「和尚笑っちゃ駄目だよ。オイラは鬼をみるのは初めてなんだから」
と、少し腹をたてもんくをいう。
「わっはははっ、鬼か、それはよい。赤鬼だ。日に焼けた鬼だっ。わっははっ」
旅の僧はなおも笑いつづける。
人がこれほど楽しく笑うところを初めて見ると思えるほど笑っている。弟子の僧も師ほどではないが、顔を赤くして笑っている。
ボウは膨れっ面で、
「笑えばいいさ。オイラはまだ子どもだから鬼をみるのは初めてだ。珍しいだけだ。」
ボウが言うと、
「おっ、そうか。鬼が珍しいか、それはそうだろう。見たことがある者もそうそういまいて。
愉快そうに笑っている。たのしげだ。
愉しそうな笑顔の僧にボウは、
「偉い坊主のくせに子どもをからかっちゃいけないじゃないか」そう言いながらフッと鬼に視線を向ける。
鬼もこちらをみている。
目が合うと顔いっぱいに皺をつくり、ニッコリ歯を見せて笑う。
ボウは少し驚き「ぅっ」少し身を引く。
ボウが困り顔で笑顔を返す姿に、旅の坊主は、喜びまた笑う。
「こりゃたまらん。鬼の笑顔を見るのも初めてだろう。ワハハハ。」
愉しげにしつこく笑う(^o^)。



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