🏫GWは文化祭だった🏳
今日はこどもの日だ
母は今日も暇なので
久し振りに「のり巻」を巻こうと思っていたが
『サバゲ―に行くから晩飯はいらない』と息子が言った
『いちおう作ってもいいかな』と聞くと
『そうだなぁ夜食としてなら食うかもしんない』と言う
母は息子が幼い頃
子どもの日と運動会には
必ず「のり巻」を巻いた
それは母が子どもの頃
農作業で忙しい母の母が
運動会や遠足の日に作る弁当が
必ず「のり巻」だったからである
ちなみに
誕生日は「ちらし寿司」で
桃の節句は「まんじゅう」で
こどもの日は「チマキ」
すべて母の母の手作りで
母の母が元気な頃は
内孫の二人の分を作るついでに
息子にもチマキを送ってくれた💝(*´▽`*)
母はチマキが作れないので
遠足でも運動会でもこどもの日でも
「のり巻」を巻いた
麻布の文化祭は5月の三連休だ
息子が麻布に入った最初の文化祭の初日
物無の仲間にも食べてもらおうと
「のり巻」を4本作って切って持たせたら
帰宅後『1個しか食べられなかった』
と言うのである アラマ…(@ ̄□ ̄@;)!!
さすが賢い麻布生である(≧▽≦)
息子の分1個だけ残すところがエラい!!
思うに麻布生の親は働く両親が多く
弁当はあまり作らないのではないかと思った
息子が中学に入った頃
母は認知症を患った息子の祖父の介護で忙しく
息子に『昼は食堂で食べれば❔』と言うと
食堂は高校生のたまり場で
昼休みに中学生が入り込む隙間は無く
最後に残るのはパンくらいだと言ったので
文化祭や運動会では持たせなかったが
昼の弁当は卒業まで持たせることになった
しかし
大学に入ってからは弁当もやめた
工学院の同級生や研究室の学生は
みんな地方から来ているので
弁当を食べる仲間がいないからと言った
長崎で作っていた「のり巻」は
花デンブで甘くして
椎茸の甘煮でインパクトを付けるのだが
気付けば花デンブが無く
買いに出るのが面倒だし
干し椎茸を戻すのも面倒だったので
「スモークサーモンの変わり巻」にした
10年振りくらいに作ったにしてはマアマアの形だが
端っこを味見してちょっと塩気が足りなかった
お醤油をたらせば大丈夫だけど
ナチュラルチーズも挟んだら美味しかったかも(*´з`)💦