文字描きは数理の夢を見る◆矢島周一『図案文字の解剖』(1928年)
お世話になっております。
立てばみたらし、座ればおはぎ、歩く姿はわらびもちの書体讃歌です。
好きな和菓子は千寿せんべいです。よろしくお願いします。
あのうだるような暑さも徐々に勢力を弱め、最近では少しずつ秋の足音が聞こえてくるようになりましたね。
気候も良いことですし、ちょっくら展覧会にでもお出かけしたい気分ですが......だいたいコロナで休止になっちゃってるのがオチです。無念。
さすらいの文字狂いが出会った、古今東西の興味深い資料たちに節操なく首を突っ込んでいく超突発企画。
Twitterで呟くだけでは物足りない場合に動きます。
★
1. ことのはじまり
展覧会といえば、少し前に気になるものを見つけました。
美しい。
これは今年の春先に開催されていた「佐藤可士和展」にて撮影された作品とのことです。
ユニクロや日清食品など、日本に住んでいれば一度はお世話になっているような有名企業のロゴがグリッドシートの上に鎮座し、細かな指示が所狭しと加えられています。
さながら建築設計図のよう。
実際のロゴづくりに即したものではなく、あくまで設計図「風」なのだとは思うのですが、
それでもなお、この緻密さには人を惹き付ける何かが宿っています。
直線と正円で整理された隙のない図面は眺めていて気持ちいいもの......特に男の子はこういうの絶対好き。
実用面から考えても非常に有用だと思います。
精確な指示書きがタグ付けされていれば、どこのどんな人であってもその通りに筆を動かすだけで同じものを再現できるのですから。
個人の感性などという、不安定なものに頼る必要もないのです。
私も過去に似たようなツイートをしていました。大好物です。
これらの作品を見て、皆さんはどんな感想をお持ちになりましたでしょうか?
文字っ子の私はこう思いました。
「この設計図を、文字にも応用できたら便利なのに......」
「描き文字のマニュアルが欲しいなぁ……」
文字の描き方をマニュアルにできたら、センスが無くとも安定した美文字をいつでも・どこでも・効率的にDIYできるようになります。
プロの看板屋さんに頼まなくても自前で準備できちゃう。一億総作字社会の到来です。
これと全く同じことを考えた文字描きが今から100年前の日本にいました。
その人物こそ、当記事でご紹介する『図案文字の解剖』の作者・矢島周一氏です。今回の主役になります。
▲38歳の矢島。『大阪広告人名鑑』より
2. 矢島周一について
矢島周一(1895-1982)は、大正~昭和初期に活躍した文字描きの一人です。
活版印刷の書体だけでは表現しきれない、ユニークでインパクトのある描き文字を「図案文字」として芸術の域にまで昇華させました。
1926年出版の図案文字集『図案文字大観』は11版を重ねるベストセラーになっています。
▲『図案文字大観』抜粋
1書体につき2000字以上の漢字を完備
一つの書体で大量の文字数を網羅しているのが矢島の特徴。
デジタルデータ化すればそのままフォントにできそうな字種の多さです。
この時代、たくさんの文字描きが様々な図案文字集を出版していますが、
そのほとんどが字数を揃えることではなく、使いやすい文言の形で図案化することに重点を置いています。フォントというよりロゴタイプに近いです(下図)。
▲文言タイプの例
『現代商業美術全集』第15巻・実用図案文字集 p.60 古田立次試案
矢島のような、字数カバーという変態的(褒め言葉)な書体開発はほぼ誰もやっていません。
描き文字作家でありながら、現代でいう「書体設計士」のような側面も矢島は持ち合わせていたのです。
3. 数理のチカラに魅せられて
ここからやっと本題に入ります。
『図案文字大観』の2年後に発刊されたのが『図案文字の解剖』(1928年)です。
▲『図案文字の解剖』書影
左から背表紙、表表紙、扉。
背表紙と表表紙の「解」は異体字の「觧」
扉タイトルの「案」は異体字の「桉」
この本が生まれた経緯を紐解くためには、当時の時代背景を理解する必要があります。
矢島の生きた大正時代は、
幾何学や数学で整理されたものが先進的だと持て囃され、単純化こそが優れていると歓迎された時期です。
幾何学の極みと言ってよい欧文書体・Futuraもこの辺りの生まれですね(1927年)。装飾を排し、合理性をとことん追求したデザインになっています。
Futura=Futureという名前の通り、この時代の人々は無駄のない機能美に未来を見出していたのでしょう。
Futura(Wikipediaより)
矢島も多分に漏れず、この思想にドップリ感化されています。
単純化のメカニズムを自分なりに研究し、その成果を書籍として発表したものが『図案文字の解剖』という訳です。
***************
時代背景が分かったところで、さっそく本の中身を見ていきましょう。
まずは序文の文章から、矢島の出版意図を探ってみます。
\ペラッ/ (ページをめくる音)
吾等の世界は数理の世界である。
/ バーン! \
1文目からノックアウトされました。めちゃくちゃカッコいい。
数理的に総べてが出来上って居る。試みに自由に描いた美しい曲線は、円弧と直線とに殆んど分解することが出来る。本書はこの方法に誘惑されて図案文字を解剖したもので(中略)あの美しい線を数理の鏡に覗かせて試たものである。
とにかく数学的なものにメロメロのご様子。
そして専門家の喜ばれる高次曲線を避けて、出来得る限り単純な曲線を操って、専門家は勿論、でなくとも理解のある人であれば共鳴さるべき極めて簡単に表したのである。
つまるところ、
この本に載っている手法を真似すれば、活字みたいな綺麗な文字を誰でも簡単に描けちゃうってことなんですね。
「出来得る限り単純な曲線」なら、数字にめっぽう弱い私でも付いていけそうです。
単純化バンザイ!
4. アルファベットを解剖する
序文が終わると、早速「解剖」が始まります。
「ALPHABETS」と題されたコーナーには、1ページにつき1種類のアルファベットが掲載されています。
詳しく見ていきます。
目を惹くのはページの中心にある、マス目の上にひときわ大きく描かれた「A」。
どうやらこれが「解剖図」のようです。
※スキャンの関係で少し歪んでいます
9マス×9マスのグリッドの中に、簡単な正円(コンパス)と直線(定規)を駆使してローマン調の「A」が描き上げられています。
DESIGNED BY SHUICHI YAJIMAの表記も見られますね。REVISED BY 〜の方は「関西建築界の父」として名を馳せた建築家の武田五一(1872-1938)です。図案にも造詣が深かったため校閲を任されています。
角度や長さの具体的な指定は載っていません。描く人たちに裁量が任されているのでしょうか。
解説文が一切ナシで唐突に始まるのが些か不親切ではありますが......非常にシンプルな構成なので、なんとなくの描き方は掴めそうです。
解剖図の周囲には色々な書風で描かれた「A」が散りばめられています。小文字も合わせると38種類。図案文字のごった煮です。
興味深いですが、文字の解剖図を求めて買った人からするとこの部分は要らないと思われます。
……まぁ、文字っ子としては眼福なので細かいことは気にしない。
以上が基本構成となります。
もう少しだけアルファベットを載せておきますね。
賑やかな雰囲気をお楽しみください。
「Q」が自由すぎる。
左のQはカメレオンが舌を伸ばしたように隣を侵食しています。グリッド線ガン無視。
右のQも独特です。どういう発想で蔦が絡まったような構図が出てくるんでしょうか。
縛りのない奔放な姿が愛おしいです。
こんな調子でZまで続きます。
5. 元ネタ?
文字の設計図を作るという面白い試み。
そもそも矢島が一から作り上げたものなのでしょうか?
実は、矢島が参考にしたと思われる元ネタが存在します。
15世紀のドイツの芸術家、Albrecht Dürerが著した『Of the Just Shaping of Letters』です。
ちょっと脱線しますが、PDFが公開されていますので引用してみます。
この本の中では、アルファベットを定規とコンパスで描く方法が一文字ずつ丁寧に解説されています。文章だけでなく、図解もキッチリと掲載されています。
うん。。。
かなり似てますね。
同じローマン体を扱っていれば自ずと似通ってくるでしょうし、デューラーの図解と異なる矢島の解剖図も少数ながら存在しますので……「デューラーを参考にしつつ、自分の中で咀嚼しなおした」と好意的に受け取っておきます。
さしずめ「焼き直し」といったところでしょうか。
6. 矢島の真骨頂:日本文字への拡張
しかし矢島はこれだけでは終わりません。
序文の続きにはこう書かれています。
又数字、片仮名、平仮名、漢字等は各説を考察して編纂した。
デューラーの設計図を応用し、
なんと日本の文字にまで拡張させて解剖したというのです。
(; ・`д・´)ナン…ダト!?
アルファベットだけの時と比べて文字数が格段に増え、その分解剖図の作成にも手間がかかる訳ですが、
『図案文字大観』で字数カバーに謎の執念を発揮した矢島なら不思議なことではありません。むべなるかな。
情熱の男・矢島周一は次のように宣言しています。
著者の意志は日本の文字を、
現在の混沌世界から救い出したいのである。
/ ババーン!! \
矢島パイセン、マジパネェっす。
眩しすぎて画像の文字列も波打ってます(※スキャンがうまくいってないだけです)
声に出して読みたい文字っ子言葉、堂々の第一位です。
7. 数字・カタカナを解剖する
それでは、拡張された字種の解剖図を覗いていきましょう。
書籍の中では(アルファベット→)数字→カタカナ→ひらがな→漢字 の順で並んでいます。
まずは数字から
こうやってズラっと一面に並ぶと壮観ですね。
「3」「8」の解剖図は、現代ではあまり見かけない尖らせ方だ……。「8」の上部を左右ともへしゃげさせるのか……この時代ではメジャーだったのかな?
一方で、周囲の図案文字の方はおおむね無難な形をしています。
ただ全てが大人しい訳ではなく、中には「それアリ!?」と叫びたくなるものも混じっていますね。
そうはならんやろ。
「なっとるやろがい!」としか返しようがないですが、
ここまで思い切った意匠化は勇気が要りますね。初見で正しく読むのは厳しいかと思われます。
「7」がバナナの皮に見えて仕方ない。
888888888888888888888888888888888888
つづきましてカタカナです
カタカナは元から簡素な形が多いからか、図案文字も比較的おとなしいものが多いですね。
「ロ」なんて、突き詰めれば単なる四角形ですもんね。いかにして差別化を図るか、相当苦心されたんだろうなぁ……。
カタカナでは目立った特筆すべき奇抜な字種も少なく、淡々と解剖図が並べられていきます。
ただ、ひとつだけ不安なことが出てきました。
解剖図、じわじわと複雑になってきていませんか?
文字を単純化・マニュアル化して誰にでも描けるようにするのが目的でしたよね?
アルファベットの時よりはややこしくなると覚悟していましたが、工程が増えてきている印象は拭えません。
カタカナは日本語の中ではまだシンプルな筈なんですけども。
ひらがながまだ残ってるんですけども。。
ちょっと怖くなってきました。
定規とコンパスがあれば描けるとはいえ、あんまり混み入った設計図になると再現も難しくなってきますからね。そもそも単純化と逆行してるし。
どうか、これ以上は複雑にしないでほしい。。
矢島先生、お頼み申しあげます。
ロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ
8. 絶望
ひらがなに到着しました
カタカナはアイウエオ順で並んでいましたが、ひらがなは「いろは」順で載っています。外来語と和語の違い?……とても興味深いです。
しかし、今はそんなことどうでもいい。
私にできることは、これ以上複雑にならないことを祈るのみ。
(前略)救い出したい(後略)
矢島先生、ひらがなを救い出してください。
おねがいします。
・
・
・
・
・
・
・
\ペラッ/
/ ジャァァァァァァァァン! \
ひぎゃーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
★FU★KU★ZA★TSU★
出来得る限り単純な曲線を操って(中略)
極めて簡単に表したのである。
矢島さーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!
著者の意志は日本の文字を、
現在の混沌世界から救い出したいのである。
ぬ゛わ゛あ゛ーーーーーーーーーーーー!!!!!!!
もうダメだああああああ……
あああああ……
あ
ぁ
ぁ
│
│
│
│
│
右側から集中砲火を受ける「け」
ひらがなは、さらに煩雑になってしまいました。
混沌世界から救い出すための設計図が混沌としています。これはいけません。
数学が得意な方なら楽勝なのかもしれないですが、元々こういう図面系の作成が不得手な私には到底描けません。
矢島先生の腕をもってしても、ひらがなの単純化は一筋縄ではいかなかったようです。
ジーザス。なんてこったい。
9. 漢字でお口直し
デザートです。火傷した舌を癒しましょう
一つ一つの漢字を解剖する……ことは流石になく、分解した要素要素で解剖を行っています。こちらはそんなに荒ぶっていません。
一番実用的かも
あとはノーマルな図案文字例がチョコチョコと載っています。
安心安定のキネマ文字!落ち着きますね〜。「大正ロマン」「昭和レトロ」と聞いて一番に思い浮かぶ図案文字です。
今まで異常なものばかり見てきたんで、こういう馴染み深いものが来ると安らぎます。お母さんのお味噌汁です。
『図案文字の解剖』に掲載の作例は以上となります。
10. 実際に描いてみた
ひらがなに絶望したとはいえ、せっかくの解剖図を1文字も試さずに投げ出してしまうのは自分のプライドが許してくれません。
今回は程よい難易度の文字をひとつセレクトして、
(大正時代に合わせてデジタル機器は使わず)定規とコンパスを使って地道に臨書していこうと思います。
素人の私が挑戦して、サラサラと描けたら「成功」と判断します。
わたしは矢島先生の夢見た世界を、自分の肌で感じてみたいのです。
バトンは受け継ぎました。必ずや成功させてみせます!
悩んだ末、今回セレクトした1文字はこちら。
「ん」
【選考理由】
・円弧と直線の両方がいい塩梅で入っている
・ひらがなだけど、正円の数も許容範囲で鬼難易度ではない
・五十音の最後の文字で縁起が良い。「終わり良ければ全て良し」
チャレンジをサポートしてくれる、頼れる仲間たちはこちら!
①コンパス
小学生の時に使っていたものを引っ張り出してきた。軽く振るとカラカラとした乾いた音が鳴る。大丈夫か?
②定規
am/pmを吸収する前のファミマで買ったかもしれない老兵。無印良品製。目盛りが消えかかっているけど今回は使わないのでノーカン。気にせず酷使します。
③方眼紙
中学の卒業アルバムに挟まっていたニクいやつ。いつ購入したのか、何に使ったのか全く思い出せない。裏に「私物」と書かれているので私物のようです。
④そこらへんのシャーペンと蛍光ペン
デスクに蠢く有象無象から複数召喚。
⑤新ビオフェルミン®︎S錠 540錠瓶×7
ヒト由来の乳酸菌なので定着性がいい。おなか大切に。
とても緊張しているのでお守りとして配備。
私物だと思われます
役者は揃いました。
あとは自分の根気強さを信じるのみ。
レッツトライ!
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10-1. 円を攻略する
解剖図には解説文が付いていないため、描く手順に関しては各自が手探りで判断していくことになります。
コンパスを扱う方が難しいと判断し、今回はまず円から攻略していきます。
小さな○を中心点と解釈して、グリーンで塗ってみました。
全部で8個あります。つまり8回円を描くとミッションクリアです。がんばります。
位置関係が釈然としない点も一部ありましたが、悩んでも分からないところはフィーリングでサクサク置いていくことにしました。
「細かい位置より心が大事だ」ってばっちゃが言ってた。
中心点ができたら、コンパスをクルクル回して……
円が描けました
本当にこれでいいのかなあ……とても不安になります。
この時点で既に疲労困憊です。
10-2. 直線を加える
お次は直線です。赤で示した5本を引いていきます。
この線たち、微妙に平行でなかったり直角に交わってなかったりと曲者揃いです。
これは作為か不作為か。真相は矢島先生しか知りません。
どうやって引けばいいのか、具体的な指示も付いていません。わたしは限界です。
目印がある訳でもないのでガンガン引く
引けました
解き方の分からないテストで、とりあえず何でもいいから書いて空欄を埋めるときの気持ちになっています。
一言で表すなら「無」です。
10-3. 仕上げ〜完成
あとは設計図に従い、必要な枠線をなぞって「ん」を形作るだけです。
完成したものがこちら。
一応、それっぽい成果物を得ることができました。
隠さず懺悔いたしますと、
10-1. で適当に描いたため位置関係が致命的に間違っている円があり、どう頑張っても修正できないミスが生じました。その部分は正確な円を追加して誤魔化しています。
円が幾重にも重なっている所がミスです
やはり円の置き方には厳密な制約があったようです。。。特に「円同士が離れているか、交わっているか」は解剖図の上で重要なファクターになると痛感。
1文字描いただけなのに、すっかり体力を削られてしまいました。
矢島先生、お願いですから描き順を文章で添えてください。
収穫としては、
終始「文字を書いている」という意識はほとんどなく、出来上がった時にいきなり「ん」が浮かび上がってくる様には独特の快感を味わえました。
日常では味わえない新鮮な感覚で面白かったです。
そこに行き着くまでの心労が大きすぎるんですけどね。
これにてチャレンジは終了です。
お世辞にも「成功」とは言えませんが、文字を機械的に描くという貴重な体験ができました。
皆さまも、お時間のある際に試してみてはいかがでしょうか?
私は二度としません。
矢島先生、ダメでした。
11. 補足:先生諸氏からの評価
ネット検索すると、この『図案文字の解剖』について著名な先生方が対談されている特集記事がヒットします。
描き文字考 第一章 14/20
(↑当該ページ以外も楽しいので是非!)
なかなか手厳しいコメントが続きますが、「全体の統一がとれていない」という意見には私も賛成です。
解剖図の文字は書体として見た時、あまり洗練されていないような、ぎこちない印象を受けます。
とはいえ、より自然な形にブラッシュアップしたならば、円弧の数が莫大に増えて単純化から更にかけ離れたものになってしまうでしょう。
ここにコンパスと定規の限界があるということでしょうか。発想自体は面白いのですがね。。
12. 結論
そもそもこの解剖図が成功・普及していたのなら、とっくの昔にフォントは消滅しているはずですよね......
コンパスと定規で事足りるほど文字は単純じゃない、ということの証左になり得るかもしれませんね。
***************
さてさて、
今回の『図案文字の解剖』はお楽しみいただけたでしょうか?
惜しくも実用化には至りませんでしたが、
「日本文字をコンパスと定規だけで描く」という前人未到の研究に野心的に取り組んだ姿勢は評価されて然るべきだと思います。
本書の最後に、矢島はこんな言葉を書き残しています。
今後如何なる文字の型が現われ来るか、美と用の交錯せる総合芸術なる、文字の新しき型の次ぎ々々に、世人の眼に映ずる有様を見て居たいものである。
『図案文字の解剖』の単純化も、もともとは「図案文字が万人に普及する一助となれば」との期待をこめて始まったものです。
誰よりも図案文字を愛し、誰よりも図案文字の明るい未来を信じて止まなかった矢島。「いろんな人が作った文字を見てみたい!」と胸躍らせる姿が、この文章から透けて見えるようです。
時は流れて、100年後の令和。
SNSには「作字」のハッシュタグが飛び交い、沢山の作字作家による作品集も続々と発売されています。「図案文字の第2黄金期」とも呼べそうな盛り上がりぶりです。
この光景を、矢島は草葉の陰からどう見ているでしょうか?「素晴らしい」と褒め称えているでしょうか、それとも「なっとらん」と叱責しているでしょうか。
ちょっと本人に感想を訊いてみたくなりました。
現代を生きる作字界隈の皆さま、
矢島先生はあなたが描く素敵な文字を待っています。
参考文献
◎『図案文字大観』
矢島週一/著 武田五一/校閲、1926年、彰文館書店
2009年にグラフィック社から復刻版が出ている(絶版?)
◎『図案文字の解剖』
矢島周一/著 武田五一/校閲、1928年、彰文館書店
◎『現代商業美術全集 第15巻 実用図案文字集』
アトリエ社/編、1930年、アルス
▲昭和初期のあらゆる商業デザインを収録した全集(全24巻)のうち、図案文字にスポットを当てた第15巻。
ハードカバー版とソフトカバー版が存在する(掲載分はソフトカバー版)。中身に差異があるかは不明。
一人の文字描きが単独で作り上げる通常の図案文字集とは異なり、さまざまな文字描きの作品がまとめて収録されているため、一冊で作風の異なる図案文字を同時に楽しむことができる。
もちろん矢島も参加している。
解剖図で。
全体的にクオリティが高いうえ、カラーページの発色も綺麗に残っており貴重。
ただし年代物ということもあって状態の良いものを見つけるのに苦労する。ソフトカバー版は大抵背の部分がボロボロに剥げている。
ゆまに書房から復刻版も発売されているが、販売価格がゴニョゴニョ。
◎『タイポグラフィの変遷とデザイン』
矢島周一/著、2009年、グラフィック社
▲各方面に散らばっていた矢島の作品を一冊にまとめた復刻版。ズッシリしており鈍器として使える。現在は(おそらく)絶版。
作字における心構えからその方法、筆さばきのコツに至るまで幅広く解説。大量の図案文字も眺めていて飽きが来ない。個人的には「多様化作例」に挙げられている漢字群がかなりツボ。
『図案文字の解剖』のページも収録されているが、どういうわけか一部の図案文字が原著から字形差し替え・変更となっている。
なお、原著にはなかった小文字のアルファベットの解剖図がしれっと追加されている。
◎『Of the Just Shaping of Letters』(PDF)
Albrecht Dürer
◎『Bridge to Heaven』(PDF)
Jerome Silbergeld, Dora C. Y. Ching, Judith G. Smith, and Alfreda Murck
Japanese Typographic Design and the Art of Letterforms P827-848
Special Thanks
この記事は私の初投稿です。
作成にあたり、参考にさせていただいた方のリンクを掲載いたします。
【造字沼ブックス】様
note →→→ https://note.com/zoji_numa/
twitter →→→ https://mobile.twitter.com/zojinuma
「漢字改良論」や「文字簡略化」を中心に、唯一無二の骨太な記事を執筆しておられます。このまま書籍として出版できそうな分量。読み応えモリモリ。
本記事の〈臨書〉スタイルはこちらの方から拝借したものです。ただしそのクオリティには雲泥の差があります。気合いの入りようが尋常じゃないです。
文字に興味がある方はご一読いただくことを強くお勧めします。
おまけ
ひらがなの「へ」と、カタカナの「ヘ」の比較です。
解剖図はほぼ同じ(おそらく完全一致)ですが、
図案文字の方では、ほとんどの書体で微妙な差異が拵えられています。
ぜひ違いを探してみてください。
100年前の文字描きが貫き通した「こだわりポイント」ですかね?
細かな所まで意識して描き分けているんだなぁ……と感心しました。
めちゃくちゃ目立つ変体仮名の図案文字
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