「スゴイ」と言われたこと
元旦の朝、雲の切れ間から姿を現した太陽を眺めている時に、少し前の出来事を思い出していた。
いつものランニングコースを走っている時の事だった。急にトイレに行きたくなり、進路変更して近くの公園のトイレに向かった。
公園に入った瞬間、目の前にサッカーボールが勢いよく飛び込んできた。それを足で受け止めて蹴り返すと、ど素人が蹴ったとは思えない正確さで、ボールを追いかけてきた子どもたちの、ど真ん中に落下した。
その瞬間「スゲエ」という声が聞こえた。
そういえばトレイルランニングのレース中に「スゴイ」と言われたこともあった。
レース当日は昨日からの雨でコースがグシャグシャで、レース中も雨は降り続いて、まるで田んぼの中を走っているようだった。
滑りまくりながら神経をすり減らして慎重に山道を走っていたが、とうとう堪えきれなくなり身体が大きく傾いた。
自分でいうのも何だが、それを曲芸師のように何度も傾いた身体を立て直して再び走り出すと、後ろから「スゴイ」という声が聞こえた。
「スゴイ」といわれたことを、更に遡ってみた。
湘南の逗子で一人暮らしをしていたことがある。
逗子といえば海の街の印象が強いが、家賃が安かったという理由で鎌倉寄りの山側に部屋を借りて、横浜の設計事務所までバイク通勤していた。
季節は秋だと記憶している。仕事に行くにはもったいないと感じられる気持ちのいい朝だったと思う。
山を一つ超えて広い県道に出ると、無性にスピードを出したくなった。
トンネルを抜けて信号が黄色に変わったとき、無意識にアクセルをふかしていた。
次の瞬間、目前に乗用車が現れ、急ブレーキをかけた瞬間バイクは転倒。
スライドしながら乗用車のナンバープレートのあたりに突っ込んだ。
一瞬の出来事だったが事故の一部始終はスローモーションのように長く感じられた。
バイクは左側に、人間は右側に跳ね返され、その光景を見ていた通学途中の小学生から「スゴイ」という声が聞こえた。
バイクから煙が出て一瞬のうちに燃えだして、救急車と消防車のサイレンが聞こえてくると、今度は見物人から「スゴーイ」という声が聞こえた。
救急車で病院に運ばれ精密検査を受けたが、身体に異常は見られなかった。
過去の「スゴイ」は偶然の出来事に対応した結果に得られたものであり、意図的な行動から「スゴイ」と言われたものではない。
自分の得意分野に磨きをかけなければ、意図的な「スゴイ」を自作自演することはできないだろう。
そんな「スゴイ」を残りの人生を使って実現したいと思った。