フリーライターはビジネス書を読まない(11)
支社長との約束
思いがけず、修正がほとんど入らないまま、自分の原稿が本になって世に出た一方で、警備会社を退職するときに支社長と交わした約束も実行していた。
当時すでにコンビニはあったけれど今ほど多くはなく、街角のどこにでもあるという状態ではなかった。銀行ATMをコンビニの店頭に設置する発想すらない時代で、土曜日曜に預金を引き出そうと思ったら、休日稼働させている銀行の店舗へ行くしかなかった。
その休日稼働というのが大変な業務で、ATMの電源を入れて立ち上げておけばいいという単純なシステムではなかった。
営業エリアを、名古屋を境に東西にざっくり分けて、東を東京、西を大阪のカードセンターで管轄する。
ATMの脇についている電話機をオートホーンというが、休日稼働のオートホーンも東京と大阪で一括して対応するから、土日の店舗は完全に無人である。
そうはいっても、1日じゅう稼働していたら、何らかのトラブルが発生するかもしれない。ATMにセットしてある現金が足りなくなったり、利用客の不手際で機械が止まったりする事態も想定される。
そういう事態に対処するために、警備会社の全国の支社で、どの支店へも20分以内に駆け付けられる体制をとって待機していた。
カードセンターでオートホ-ンに応対するのも、警備会社の社員である。
大阪のカードセンターでは警備会社から4人が、オートホーン対応にあたった。私はその1人として、毎週土曜日に勤務していたのである。
ある日、大阪市内の支店からオートホーンが入った。
「カードが戻ってこない。お金も出てこない」という。
相手の氏名と口座のある銀行名を聞いてから、状況を尋ねる。
利用客がいうには、カードには少しヒビが入っていて、割れながら機械に吸い込まれていったとか。
カードが引っかかっているだけだったら、カードセンターから遠隔操作で復旧できるけれど、割れてしまったらどうしようもない。
「出動要請するわ」
カードセンターの責任者で銀行員のMさんがいった。
利用客には警備員の到着までATMコーナーで待ってもらい、警備員が機械からカードを取り出した後、身分確認をして返却という段取りになる。
預金口座を確認したら、まだ払い戻しが完了していない。
「口座は動いてません」
そう伝えると、利用客は安心したようだ。
カードをつくりなおすか、営業日に窓口へ行って、通帳とハンコで引き出してもらうようにお願いして、お引き取り願ったのだった。
ちなみに警備会社の出動料金は、もちろん無料ではない。契約料金とは別に、出動のつど別料金が発生する。
原因をつくったのが利用客のほうでも、銀行が負担するのである。
(つづく)