私の日記、月の欠片
「殴ったのは悪かった。でももう俺達にはつきまとわないでくれ」
近藤から喫茶店に呼び出されて話をした。
帰り際に封筒に入った札束を渡された。帯ひとつ分。
私は虚ろに曖昧な返事を返すだけだった。
あの夜、私はナイフで女(やはり近藤の妻だった)を刺したと思っていた。実際にはナイフなど持ってはおらず、女に体当たりしただけのようだ。それで驚いた近藤に一発、殴られたということだ。
そのあと近藤夫妻は立ち去り、気を失った私はスナックのママが呼んだ救急車で病院に運ばれた。
翌日には警察が来たが、通りすがりの酔っぱらいに殴られた事にして、被害届も面倒だからと言って出さずに済ませた。
殴られた傷の手当てと点滴を打ち(栄養不足で貧血ぎみになっていたようだ)、もう一晩泊まってから解放された。
暫くは、食料を買い込んで部屋に籠った。
あのひとから渡された、手切れ金と慰謝料が混ざったお金の封を切って、一枚づつ表裏を確認しながら数えた。何度も数えていたら、福沢諭吉があのひとの顔に見えてきた。少しも似ているところなんて無いのに。
それに飽きると日記帳を開いた。
不倫らしい、じめじめとした文章で笑えた。
笑うと一緒に涙も出て、嗚咽に変わりそうなのを堪えたら、獣のように吠えていた。
梅雨に入った頃には近藤から渡された万札は、残り数枚に減っていた。まともに働く気はおきなかったので、また体を売った。相変わらず誰かに抱かれる度、あのひとの顔が浮かぶ。
あのひとの事が頭から離れないまま秋が過ぎ、私は21歳になった。年を越え、異常なほど暑い夏を迎えたある日、懐かしい人と出会った。
彼と逢ったホテルから出ると、自分の中で何かが変わってゆく音がした。
それは日中の茹だるような外気をも、涼やかな秋風に思わせる程の、私にとって劇的な変化であった。
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