柘榴の季節(季節の果物シリーズ Black Ending ver.)
あなたから届いた手紙を読んでから、僕はずっと悩んでいた。
大学やバイトにも行かず、部屋の中でずっと考え続けた。
どうしてあなたの変化に気づいてあげることができなかったのか、僕にしてあげられることはなかったのか、自分のどこが悪かったのか。
考えても考えても答えはみつからず、あなたに会いたいという想いだけを募らせていった。
実家にも帰らず、荒れた部屋で夏はただ通り過ぎていった。
10月の中旬、僕は東京のアパートの近くのレンタカー屋で、1台の白い軽自動車を借りた。
冷たい雨がいつまでもだらしなく降り続く朝だった。
僕はもう限界だった。
あなたに会いたくて仕方がなかった。
これ以上、我慢などできない。
僕はあなたへ会うために山梨へと向かった。
のろのろと走る車にイラついた。
そぼ降る雨さえも、僕の行く手を阻もうとしているように感じた。
ワイパーが何度も視界を遮るのにも腹が立った。
昼前にあなたの家の前に到着した。
雨は止んだが、空はまだ鉛色をしていた。
車を降り、玄関の前に立つと、中からは煮物をする香りが漂ってきた。
朝から何も食べていない事に気づいた。
チャイムを鳴らすと、明るい声で返事をしながらあなたのお母さんが玄関のドアを開けた。
「あら、お久しぶり。急に来てくれたのね。連絡してくれれば良かったのに。あの子ならまだ向かいのビニールハウスにいるわよ。あなたも聞いているでしょうけど、あの子ね、最近はだいぶ具合も良くなってきて、元気に働いてくれてるわ」
僕は踵を返し、あなたが待つ向かいのビニールハウスへと向かった。
ハウスの中であなたはブドウの収穫をしていた。
あなたは黄緑の実を確認しながら、楽しそうな顔をしていた。
ハウスの中はその華やかな香りが充満していた。
「シャインマスカットだね」
あなたは一瞬、驚いた顔でこちらを振り向き、僕だとわかると、微笑むような戸惑うような複雑な表情を見せた。
「君か」
「うん、来ちゃった」
あなたは少し難しい顔をしながら小さなため息をつくと、何かを心に決めたかのような表情に変わり、話し始めた。
「久しぶりだね。ずっと連絡できなくてごめん。近頃はだいぶ調子が良くなってきたの。君は元気にしてた?」
僕は黙ったまま首を降った。
「ずっと、待ってた。でも我慢しきれなくて。ブドウ。ブドウ待ってた」
「ブドウ? ああ、ごめん。ブドウの時期は過ぎちゃったね」
「会えるの待ってた」
「本当にごめんね。あの頃はまだ全然ダメだったのよ。最近やっと良くなってきたから、もう少ししたら連絡しようと思ってたの」
僕がその言葉の真偽を探りながらあなたの瞳を見つめていると、あなたはハウスの外へ出て話そうと言った。
あなたの自宅から道路を挟んだビニールハウスの前に大きな木があった。
僕の背丈の2倍くらいはあるだろうか。
その木には赤茶けた実が生っていた。
さっきまで降っていた雨でその実は水滴を纏い、妖しく艶めいて見えた。
「これはザクロの木。棘があるから気をつけてね。この木はね、夏にはオレンジ色の綺麗な花を咲かせるの。花言葉は、成熟した美しさ。それでね、ザクロの木にも花言葉があってね、互いを思う、だって」
「へー、そうなんだ。なんだか僕達みたいだね」
そう言いつつも、あなたがその花言葉を僕に教えたのには、何か意味があるのかと考えてしまった。
あなたはビニールハウスの入り口の脇から枝切り用のハサミを持って来て、ザクロの実をひとつ切り落とし、僕に手渡してくれた。
「その実にも花言葉があってね、それは結合。どういう意味だろうね」
「結合かー」
「やだ、いやらしい意味でとらないでね」
僕はその時、いやらしいのとは違う〈結合〉の仕方を考えていた。
「あっ、その実の皮、毒があるからそのままかぶりつかないでよ」
「えっ、そうなの。あぶねー、やるとこだった」
あなたは短く声をたてて笑うと、僕からザクロを取って水道の所まで行った。
「そこのナイフ、取ってくれる?」
水で実を軽く洗いながら、あなたはハサミがあった方向を指差した。
そこには小さめのノコギリと一緒に果物ナイフが置かれていた。
ナイフを渡すとあなたは器用に実の上の方を切り落とし、皮に幾つか切れ目をいれ、手で引き裂くようにその実を割った。
中からは皮の色よりも濃い色の小さな粒がぎっしりと詰まっている。
なんとも刺激的な見た目であった。
あなたは水道の脇に置いてあったボウルを水で濯いで、その中で粒をほぐした。
「この粒々を食べるんだよ」
あなたはボールに沈んでいる粒を一粒口に入れ、僕にも勧めた。
粒を口に入れその実を噛むと、プチプチとした食感と同時に強い酸味が口に広がった。
「けっこう酸っぱいでしょ。輸入ものだともっと甘味があって、酸味が少なくて食べやすいんだけどね。あっ、そうだ。君、ザクロがジンニクの味がするっていう説があるの、知ってる?」
僕は一瞬ドキリとした。
「えっ、ジンニクって人の肉ってことだよね。こんなに酸っぱいの?」
「ハハハ、そんなの私だって食べたことないから知らないわよ。でもね、人の肉には乳酸が溜まりやすいから酸っぱいんだって説があるらしいよ」
あなたは赤く染まった手を水で洗いながら、僕に背を向けたまま、そんな話をした。
それがあなたの口から聞いた最後の言葉だった。
いや、正確に言えば、短く放った叫び声は別として、という事になるだろう。
僕は今、留置場で取り調べを受けている。
ナイフであなたを刺殺した罪と、死体損壊の罪でだ。
僕は背後からあなたの首を刺したあと、あなたの腹部を裂いた。
中からザクロのように粒々が出て来るんじゃないかって想像しながらね。
それから周りの落ち葉やら枝をかき集めて火をおこし、そしてノコギリを使って、あなたの太股の部分の肉を切り取って焼いた。
僕とあなたの関係は、もう、こうするしか無かったんだ。
これで僕は、あなたを僕だけのものにした。
あなたは僕の中で、ずっと生き続ける事ができる。
こんなに素晴らしい事はないじゃないか。
これこそが僕が出した、永遠の愛、というテーマに対する答えだ。
でもね、あなたの太股のお肉、臭くてタベラレタものじゃなかったよ。
頑張ってひとくち分は飲み込んだけどね。
❮柘榴の季節❯ おわり
この記事は〈季節の果物シリーズ〉のアナザーエンディングです。
シリーズの①~⑦と繋がります。
正当なエンディングはコチラ