◇不確かな約束◇序章
7年後、ここでまた会いましょ!
ユキが、別れを受け入れられず黙りこむ僕にそう言った。
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新宿の駅から程近い雑居ビルの2階にあるカフェ。隣の席では仕事終わりらしきOLふたりが、眉間に皺を寄せながら上司の愚痴を言っては時折、もの凄い音量でバカ笑いしていた。
高校卒業を控えた2月の最終日、僕とユキは新宿の街をあてもなくフラフラと歩き廻った。そして歩き疲れて夕方たどり着いたのがここ〈Promised Place 〉。
ユキはパンケーキとダージリンティー、僕はちょっと格好つけてエスプレッソを注文していた。ユキは紅茶にミルクを少しだけ入れ、スプーンでゆっくりかき混ぜながら、「なんで女子達はみんなタピオカなんかで喜んでいるんだろ。あんなゴムみたいなものわざわざ入れなくたって普通にミルクティーとして飲んだ方が絶対においしいのに。」なんて、僕の後ろの方の席ではしゃいでいる、制服姿の女の子達のグループを見て言った。僕は、ユキのそんな斜に構えたようなところが好きだった。
ユキは紅茶に息をやさしく二度吹きかけると、慎重に且つ美しくティーカップを口元に運んだ。そしてパンケーキを綺麗に一口サイズに切り分け、ホイップを乗せて食べ始めた。いつも美味しい時に見せる、一瞬の嬉しそうな笑顔も好きなところの一つだった。
僕が彼女に見とれていると突然、
「ねえ、私達これから別々の大学に行って離ればなれになっちゃうでしょ。その事についてこれまでもいろいろとふたりで話し合ってきたし、シュウは遠距離になっても大丈夫だなんて言ってくれて、私もそう思っていたけど、やっぱり私達、いちど別れましょ。」
ユキの言葉に、自分の脳の解析能力がついていけてなかった。
「な、なんでそうなるんだよ。」と、決まりきった間抜けな質問をなんとか返した。
「急に困らせるような事言ってごめん。でもね私、シュウとの関係を信じたくて言ってるの。私達が本当に好き合っていて、そして運命というもので繋がっているとするなら、ふたりがまた出会った時にも同じように、或いはそれ以上の関係で一緒にいられると思うの。だからふたりが各々べつべつの土地で、いろんな経験を積んで、もっともっと強く成長してからまた会うの。今のあなたがダメだと言っている訳では絶対にないのだけれど、私達にはまだまだこれから経験しておかなければならない試練やらがあるはずだし、それをお互いに乗り越えて成長するのには、この別々の環境になる今がチャンスだと思うのよ。」
ユキが何を言っているのか、さっぱり意味が解らなかった。好き合っているのならば、別れる必要なんて全くないではないか。遠距離で会えるのが月に一回になっても、別れて会えなくなるよりは全然いいし、直接会えなかったとしても、電話やLINE なんかでやりとり出来るし。経験なんて、別れようが一緒にいようが勝手に得られるものじゃないのか⁉
でも僕は知っていた。彼女が真剣なこのモードに入ったら、僕の放つ言葉など、直ぐに打ち消される事を。
「シュウ、お互いに経験を重ねたら、7年後、ここでまた会いましょ! 7年後の今日、この時間、この場所で。私は今日あなたに買ってもらったこのシュシュをつけてくるわ。あなたには目印は要らない。私はシュウを絶対に見つけられるから。でも、もしその時あなたに他に好きな人がいて、私よりその女性の方が大切だと思ったのなら、遠慮なくすっぽかしてもらって構わないし、その事であなたを恨んだりは決してしない。約束する。それも運命だと。」
なんで7年後なんだよ! 心の中で叫んだ。言葉にはならなかった。隣の席のOL達のがさつな笑い声に苛立った。
今日、ユキにせがまれて、デパートの雑貨屋で白地に黒の水玉模様のシュシュを強引に買わされた。安物だから財布は痛まないけど。
今、彼女はそれを付けてポニーテールにしている。またポニーテールが似合うんだよな。彼女の白い首筋がとても好きだった。
店内の時計を見た。18:30。今日は2/28。店の名は〈Promised Place 〉出来すぎた名だ。
「じゃあ 今、ここでお別れね! シュシュのお礼に、私にこのお店の分は支払わせてね。7年後も私の事を想ってくれていたら、18時30分、この場所で。さようなら。」
そしてユキは店を出て行った。
最後の「さようなら」を言うときだけ、彼女は声を詰まらせた。泣きそうになっていたみたいだ。僕はまだ彼女の涙を見た事がない。折角だから別れの時くらい泣いてみれば良かったのに。ふて腐れた気持ちでそう思った。結局、自分は何も話せなかった。ただ黙ってなんの反応も返せず、一方的な彼女の決断を聞いている事しか出来なかった。
隣の席のOL達は、話の標的を上司から芸能人に変えて、またバカ笑いしている。ふたり共、20代半ばくらいだ。7年後にはユキもこんな風になっているのかもしれない。
残ったエスプレッソを一息に飲み干して店を出た。冷めきったそれは、苦いだけで美味しく感じられなかった。どうせ最後で奢ってもらうのなら、格好つけないでチョコレートパフェにでもすれば良かった。
勝手な奴はもう放っておいて、もっといい女を見つけてやる。そんな事を考えながら、帰りの電車の中、ドアの前に立つ僕の左目から一筋だけ涙が頬に流れた。
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