七つの子(4)
白い塀の横の駐車スペースには、真新しい茶色の小型車が停められていた。その隣にはもう一台停められるスペース。
この車に乗り換えたんだな。赤い車の方がいいのになぁ。
しばらく車の中を覗いていると、玄関の扉を開ける音が。咄嗟にコンビニの方へなにくわぬ顔で歩き始めた。
ちらっと横目で玄関の方を見てみると、30歳くらいだろうか、やさしそうな感じのお母さんと一緒に男の子、続いて女の子が出てきた。
どこかにお出掛けなのだろうか。気になりながらも一旦とおり過ぎる。
「ねぇママー。きょうはすべりだいやっていいー」
「うん。今日は汚れてもいい服にしたから、たくさん滑っていいよ」
「わーい。やったー。おにいちゃん たくさんすべっていいんだってー。ぶらんこものろうね」
女の子の楽しそうな声が道路に出たところから聞こえた。
どうやら自分とは反対の方向へ歩いて行ったようだ。その場に立ち止まって振り返ってみる。
女の子はお母さんと手をつなぎ、繋いだ手を大きく振りながら歩いている。男の子は待っていられない様子で走り出した。
「こらーっ。危ないからひとりで走って行っちゃだめ。車にひかれるよ」
お母さんの声で、男の子は立ち止まる。
「だってー。おそいんだもん。はやくいこうよー」
公園かぁ。ぼくがあげたアメちゃん持って来たのかなぁ。一週間も経ったからもう食べちゃったか。
親子がT字路を左に曲がったところで、自分もついて行く事にした。
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5分ほど歩いて辿り着いた公園は、住宅街にあるものとすれば、比較的広い公園だった。
隣にあるグラウンドでは、お爺さんやお婆さん達がゲートボールを楽しんでいる。遊んでいる子供達の姿は少なく、お年寄りの数の方が圧倒的に多かった。
公園に入ると女の子は、お母さんから手をはなし、滑り台に向かって一目散に走り出した。
「ほら、転ばないように気をつけてねー」
男の子の方は、コンクリートで固められた山のような遊び場のトンネルの中へ入って行った。しばらくすると山の上の部分から出て来て、得意げな顔で手を振った。
「ママー。みてみてー。ちょうじょうまでのぼったよー」
「すごいねー。かっこいーよ」
「ねー ママー。ブランコおしてー」
女の子がブランコの椅子に座ると、お母さんが後ろから女の子の背中をやさしく押してあげた。
男の子は隣のブランコへ立ったまま乗り、また自慢げに漕ぎ出した。
ぼくは公園の隅っこにあるベンチに腰掛けて、親子の楽しそうな様子をずっと眺めていた。
男の子は小学校に上がる前、5歳くらいだろうか。女の子の方は3歳くらい。お母さんはやっぱり30歳くらいかなー。
ぼくの母親が30歳くらいの時には、もうぼくは小学校4年生か5年生くらい。その頃にはもう母親は家にはいなかったんだよなぁ。
それにしても白いマイホームに、休日の公園で楽しそうに遊ぶ親子。絵に描いたような幸せな風景だなぁー。
ぼくはなんだか泣きたいような気持ちになってきた。
「そろそろ帰るわよー。トイレに行って手を洗ってらっしゃーい」
お母さんはハンカチをバックから取り出し、女の子の手を拭いてあげていた。
男の子が服で手を拭こうとすると
「こらー。ハンカチ持たせたでしょ。ちゃんとそれで拭きなさーい」
公園を出ると親子は、お母さんを真ん中にして3人で手を繋いで歩いた。
おーてーてー つーないでー のーみーちーをーゆけえばー みーんなー かーわいいー ことーりーにーなーってー
おいおい。こんな歌が浮かんできちゃったよ。
この歌の続き、知らねーぞ。小鳥になっちゃったから、空にでも飛んでいくのか。こんなのーてんきな歌、幸せかよっ。まったく。
〈おててつないで〉だろうな。やっぱりこの曲。
これっ なんか記憶にあるかも。ちゃんと思い出せないけど、母親の声がする。酔っぱらってない時の。あー わからない。あの人にどこかに連れて行ってもらったことなんてないはずなのにー。
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家の敷地の前で、お母さんがバックから鍵を取り出した拍子に、ピンクの布切れを落とした。
親子が玄関から家の中へ消えていったあと、ぼくはそれを拾った。
さっき女の子が手を拭いた時に使ったハンカチだ。タオル地で、角のところに猫のキャラクターの刺繍が入っている。
ポストにでも入れておこうかとも思ったけど、地面に落ちちゃったから洗濯してきてあげようと思い直し、ジーンズの後ろのポケットにしまった。
コンビニの駐車場へと向かう途中、また細長い犬を連れたお婆さんと会った。犬はぼくを見ると歯を剥き出し吠え始めた。
「こらっ 吠えちゃ駄目でしょ。あら、ごめんなさいね。普段はあまり人様に向かって吠えたりしないんだけど」
「いいんですよ。ワンちゃん痩せてるから、寒くて機嫌が悪いのかもしれないですしね」
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アパートに帰ってくると、どっと疲れが押し寄せてきた。
今日は長い時間、公園にいたから疲れたなー。靴下を脱ぎ、洗濯機に放り込んでから、ポケットに入れてきたハンカチの存在を思い出した。
一緒に洗濯機に入れようとしてやめた。父親が見つけたら説明するのが面倒だからだ。
自分の部屋に向かい、ベッドに仰向けで倒れこんだ。
ハンカチを顔の上に被せる。息を大きく吸い込むと、埃っぽい匂いと一緒に洗剤のいい香りがまだ残っていた。
お母さんの子供を見つめる優しい笑顔が、疲れた頭に思い出された。
自然とピンクのハンカチを右手で取り、パンツの中へ突っ込んでいた。
お母さんが、女の子の手を拭いてあげているところを思い返した。
「ママーーっ」
頭に電流が走り、股間を包んでいたハンカチは温かいものでいっぱいになった。
それからそのままの状態で2時間余り眠っていた。満たされた深い眠りだった。
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【つづく】
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