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フレンチキス

「軽くチュッとしただけですよー。そんな舌を絡めたり淫らな事はしていませんからー。ホントに軽く、小鳥みたいなフレンチキスですよ。フレンチキス」

ソファーに寝転んでスマホを弄っていた僕の耳に、テレビのバラエティー番組に出演する元アイドルの声が、その部分だけ耳に飛び込んできた。

「ねえ、みずき。フレンチキスってさ、ディープキスの事だよなぁ。間違ったこと言ってるのに、なんでこの番組の出演者たちはみんな指摘しないんだろう。それともみんなバードキスの事をフレンチキスだと、当たり前に思っているのかなぁ」

僕はお皿を洗っている妻に向かってそう話しかけた。

「そうね。確かに間違っているのに、誰も指摘しないなんておかしいわね。絶対、この中にフレンチキスという言葉を勘違いしているな。って思っている人がいるはずなのにね」

皿についた洗剤を洗い流しながら、妻は続けて話し出す。

「でもさ、この言葉ってもう、軽いキスという意味で使う方が市民権を得ているふうなところもあるじゃない。だからさ、他の出演者もわざわざ話を遮ってまで指摘したりしないのよ。きっと」

僕はソファーから起き上がり、溶けて小さくなった氷しか残っていないグラスの中へウイスキーを注いだ。

「まぁ、そうかもしれないけど、それってどうなのかな。それともテレビから得る情報ってけっこう多いのにさ、そのテレビに出ている人たちが間違った情報を垂れ流しているなんてさ、良くないことなんじゃないかって思うんだけど」

洗いものを終えた妻が、ソファーの僕の隣に座る。

「それはそうなんだけどね、この人たちにとっては流れなんかを止める事の方が、間違いを指摘する事よりもずっと大切な事なんじゃないのかな」

僕はウイスキーを口に含む。

「そうなんだろうね。でもやっぱり聞いていてなんだか気持ち悪いな。そういうの。みんなで忖度っていうか、流れとか雰囲気ばっかり気にしちゃってさ」

「まぁいいじゃない。こんなテレビの中の事なんだから。それより、まさあきのその理屈っぽいところの方を直した方がいいんじゃない」

「おっ、理屈っぽいってなんだよ。こっちは正しい事を正しく伝えて欲しいって言ってるだけだろ」

「あなたの会社の部下はきっと大変ねぇ」

妻は僕の飲んでいたグラスを手に取り、ウイスキーを口に含んだ。

僕の頬を両手で挟み、顔を近づけそして唇を合わせる。次の瞬間、口内に適度に温かく、甘味を伴った液体が流れ込んできた。僕はその液体をゆっくりと呑みこむ。

アルコールの刺激を受けて敏感になった僕の舌に、ぬるりと妻の舌が絡まる。僕は堪らず妻を抱き寄せる。

互いの舌が、互いの口内を探り合う。

テレビの画面では、さっきの元アイドルがこちらを向いて楽しそうに笑っている。

彼女に本当のフレンチキスを見せつけているようで、僕は余計に興奮してきた。



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しめじ
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