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イチゴ、舞う #シロクマ文芸部

舞うイチゴ。
それがここに戻る前の世界の記憶に残っている最後の場面だった。


その日、私は彼氏と海岸沿いをドライブしていた。
イチゴロードと名付けられたその海岸沿いの道にはたくさんのビニールハウスが並んでおり、法被姿のイチゴ娘がイチゴが描かれた風船を振り回して車に乗った客を誘導していた。

「イチゴ狩り寄ってみようか」
私達は駐車場に車を停め、ビニールハウスの中へと案内された。

イチゴの芳醇な香りが詰まったビニールハウスの中で、私達は大きく育ったイチゴを選んだ。
両手に大きなイチゴを持って並び、スマホで自撮りをした。
口いっぱいにイチゴを頬張る彼氏が可愛くていとおしかった。
彼氏からプロポーズされたばかりで、生きている時間、全ての場面が幸せに溢れていた。

片手にイチゴを持ちながら夢中になってまた他のイチゴを選んでいる時に、彼氏の頭とおもいきりぶつかってしまった。
マンガのように視界に火花が見えたあと、投げ上げてしまったイチゴが宙を舞った。

意識が戻ると私はベッドの中に居た。
彼氏を探そうとベッドから抜け出ると、私の体は私ではなくなっていた。

着ているパジャマには可愛らしいクマのイラストが入っており、その裾から伸びる足は子供のように小さい。

あれっ、このパジャマ見覚えがある。
子供の頃着ていたお気に入りのパジャマだ。

身体中を触って点検する。
胸のあたりを触るが、まったく膨らみがない。
その時、部家のドアが開いて、若かった頃の母親が姿を現した。

「何してるの。早く着替えてご飯食べちゃいなさい。学校遅れるよ」

どうやら私は過去の自分に戻ってしまったようだ、と気付いた。

それから私は思い出せるだけの想い出をかき集め、なるべく違った事をしないように努めた。
だって、過去を変えたらいけないっていうのが、こういうタイムスリップものの定番で、少しでも行動を間違えたら元の自分に戻れないと映画やドラマを見て学んでいたから。

しかし、どう頑張っても全く同じようには進まず、結局ちがう人生を歩むことになってしまった。

高校までは一応、同じルートを辿った。
友達関係で言うと、仲良くしていた友達とまた一緒にいるように努力した。
でも、一度目では殆ど接点のなかった人にも興味を持った。
特に男子の中でどうしても目を引いてしまう人ができた。
私は恋をしてしまわないように、意識的に目を反らすように頑張った。

しかし、私は高校卒業後の進路を変えてしまった。
一度目に通ったアパレル関係の専門学校にはもう興味を無くしていたからだ。
それにもう、元の人生には戻れないのではないかという思いが強くなってきたから。

私には生きる目標というものが無くなり、フリーターとしてアルバイトをしながらだらだらとした人生を送った。

そんな感じで28歳になった。
元の人生での最後の年だ。
あの一度目の最後と同じ日に、私は一度目の人生とのお別れのつもりであの時と同じイチゴのビニールハウスへと向かった。

ひとりでビニールハウスの中へ入ると充満したイチゴの香りで、あの日の光景や幸せいっぱいだった受かれた私の気持ちが甦って思い出された。

滲む涙を隠すようにしてイチゴを摘んでいると頭に何かがぶつかり、目の前がチカチカした。
視界の隅に舞い上がるイチゴが見えてハッとした。
あの時と同じ光景。
そう思うと同時に
「いてててて」
という聞き覚えのある声。

咄嗟に隣を向くと、頭を擦りながらも笑みを見せる彼氏がいた。

「会いたかった」
私は彼氏の胸に飛び込んでいた。
不意の事で支えきれなかった彼氏はそのままうしろに倒れ込み、泥々になりながらふたりして笑った。

「どうしたんだよ、いきなり」
と言う彼氏の胸に顔を埋めて、私は泣きながら笑った。

「変なやつ」
そう言いながらも抱きしめてくれる彼氏に、もう二度とこのひとから離れたくないと私は心底思った。




はい、毎週恒例となった小牧さんの企画に参加させていただきます。

今回はちょっと長くなってしまいましたね!
読んでくれた方、どうもありがとうございます🐒

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