陽のあたらぬ部屋で〈これで終わり〉


姉がアルバムのページを捲ってゆく。
最後のページ。
結婚披露宴が終わったあと、控え室の前で父と並んで撮った写真。

結婚式、披露宴に父は参列しなかった。
父を招待するかどうかは散々迷った挙げ句、母に相談した。
「それはあなたがしたいようにすればいい。あなた達のイベントなんだから」
私は父に連絡した。出席して欲しいと。
「行きたいのは山々だが、俺が出席するとお相手のご両親などに余計な気遣いをさせるだろ」

私には眩しすぎる披露宴が終わり、出席していただいた皆さんを見送ったあとで父は隠れるようにして会場に姿を見せた。
「おめでとう。すごく綺麗だ」
そう私に言ったあとパートナーとなった私の夫に
「どうぞ娘をよろしくお願いします」
と言って頭を深々と下げた。
夫のご両親にも同じように挨拶をしてから、母の元へ。
「苦労かけたな。立派に育ててくれてありがとう」
涙が溢れた。
父は母の手を取り握手をしている。
母の目も潤んでいた。それを見ている姉の目も。
会場のスタッフの方が片付けを始めたので、控え室の方に移動した。
夫たちは新郎側の控え室へ。
母はお手洗いに行って来ると言った。
姉が「お父さんも写真撮っとかないと」と言って、私と父を控え室の前に並ばせた。
このためだけに燕尾服を着てきた父はぎこちない笑顔で写真におさまっている。

写真を撮り終えたあと、そそくさと退散する父を見送って着替えをしている最中、一度だけ父とふたりだけで出掛けたことがあったのを思い出した。
それは私が小学校4年生の時だ。
母が急に働き出したばかりの頃。
姉は当日都合が悪くなったと言って、私はひとりで電車に乗って待ち合わせ場所へ向かった。
姉と一緒でないから緊張していた。
何を話せばいい?
どう振る舞えばいい?
改札の前で待っていた父もいつもとは違い、披露宴のあとの写真のような笑顔をつくっていた。

父は行き先も伝えずバスに乗り込んだ。
バスは私達を揺らしながら山道を登って行った。
父は途中でブザーを押し、私を連れてバスを降りた。
人通りの少ない山道で、私は不安になり父の手を握った。
父は一瞬、不思議そうな顔で私を見つめたが、手を繋いだまま歩き始めた。
20分保土ヶ谷歩いたところで父が釣り堀の看板を見つけ「あそこに行ってみようか」と言った。
私たちはヤマメを釣って食べた。
一緒にビールも飲んだ父は、いつも通りのくだらない冗談を言っていた。
帰りに川原へ降りた。
釣って食べなかった分のヤマメを川に流してやった。
あの時、何故だか説明はできないのだけれど、学校に行きたいと思えた。
それで私は次の日から学校へ行くようになったんだった。


「ごはん、できたからテーブルを片付けてちょうだい」
母の明るい声が聞こえた。
「はーい」
姉と私が元気よく返事を返した拍子に赤ん坊が泣き出した。
私は赤ん坊を抱き上げ窓辺に立ち、カーテンを勢いよく開け放った。
部屋には夕方の優しい光が射し込んできた。




〈やっと終わり〉



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しめじ
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