少年達を照らす光 前編
12月30日、3人の少年達は祖母の住む家を目指していた。
鰻の養殖としらすの水揚げで有名な港町。少年達は高速バスで45分移動し、その町に降り立った。
すると早速いつもの、生臭さの入り混じった浜風が彼らを迎えた。
年末だというのに、とても暖かい日だった。午後のまだ早い時間、青く澄んだ空を薄く透き通った白い雲がまだらに浮かんでいた。
少年達は各々が首にぶら下げた水筒から温かいお茶を水筒の蓋に移し、慎重に息を吹きかけて冷ましてから喉を潤した。そして3人の少年達は元気よく、祖母の待つ家に向かい歩き始めた。
子供達だけで祖母の家を訪れるのは初めてだった。いつも親が車で走るルートを思い出しながら3人は歩いた。
「ねー、ちょっと待ってよ。2人とも歩くのが早いよ」
3人の中で1番年下のテツヤが、前を歩く2人に向かって言った。テツヤは小学1年生。
「おー、頑張ってついてこいよ」
テツヤの3つ年上の兄であるナオキが、後ろを振り返りながら答えた。彼らは2人兄弟。
「てっちゃん、頑張ってついておいでー」
ナオキと並んで歩くツヨシも、数歩後ろをついてくるテツヤに声をかけた。ツヨシは小学5年生。この3人の中で一番の年長だ。ナオキとテツヤとは従兄弟にあたる。ナオキとは1才違いで、家も近所なのでもっと小さい頃から仲が良く、よく一緒に遊んでいる。
ツヨシの先導で、3人は順調に目的地である祖母の家に近づいていた。ここまで40分ほど歩いたであろうか。祖母の家まであと15分ほどという距離まで来た所で事故は起こった。
「ぎゃーっ!!」
前を歩く2人が驚いて振り向くと、テツヤが側溝に片足を突っ込んでいた。ナオキが急いで駆け寄ると、テツヤの脛の辺りが側溝の蓋で削られて、白い筋が入っていた。
ツヨシも戻って来てしゃがみこみ、テツヤの削れた足を見た。
「うわっ、こりゃひでー」
思わずツヨシが呟く間に、テツヤの削れた足から血液が粒になって湧いて出てきた。湧いて出てきた血液は繋がり合って、足首の方へと流れてゆく。すぐにテツヤの履いていた白い靴下は赤く染まり始めた。
テツヤは大きな声で泣き出す。
ナオキが背負っていたリュックのポケットからティッシュペーパーを取り出した。ティッシュペーパーで流れる血液を拭くが、拭いても拭いてもテツヤの足から流れる血は止まらない。1袋のティッシュを使い切っても足りなかった。
「俺、ばあちゃんのとこに電話してくる」
ツヨシが遠く先に見える電話ボックスに向かい走り出した。
残されたナオキはただ戸惑っている。ティッシュは使い果たしても血は止まらないし、テツヤの大きな鳴き声も止まらない。
「ちょっとー、やだ、すごい怪我じゃない」
中年の女性が心配そうな顔で覗き込んだ。
「私、絆創膏持っているはずだけど」
中年女性は肩に下げたバックの中から、箱に入った絆創膏を取り出す。
「ごめんね。おばさんちょっと急ぐ用事があるから、これだけ置いてくね。これでなんとかなるかしら」
そう言って中年女性は足早に立ち去って行った。
ナオキは箱に入った絆創膏から大きな物だけ選び、テツヤの脛に貼っていった。貼ったそばから絆創膏は真っ赤に染まっていく。それでも先程までよりは血液が垂れるのは治まった。
ツヨシが走って戻って来た。
「今、ばあちゃんしかいないから迎えに来れないって」
「そう、さっきおばさんから絆創膏もらって貼った」
「少しは血が止まったかな。じゃあそこにハンカチ巻いておぶって行こう」
ツヨシは自分のハンカチを広げて、テツヤの足に巻いた。ナオキも自分のハンカチを出して、その上から巻いた。
ツヨシがテツヤの前に背を向けて、テツヤがツヨシの首に手をまわす。ナオキは3人分の荷物を持って、テツヤをおぶったツヨシの後ろをついて歩く。テツヤは声を出して泣くのをやめ、啜りながら泣いた。
やっとで祖母の家に辿り着くと、祖母はとても心配して待っていた。
「てっちゃん、ごめんね。痛かったでしょう。叔父さんも家に居れば車で迎えに行けたのに」
叔父は祖母の長男だ。ツヨシの母がその姉で、ナオキとテツヤの父が祖母の3番目の子供にあたる。その下にもう1人妹がいる、4人兄弟だ。
この時、叔父は大好きなパチンコに行っていた。帰って来てから祖母に酷く叱られていた。
祖母はテツヤの足から絆創膏を剥がし(剥がす際にテツヤは声を出して泣いた)、赤チンを塗って(ここでも勿論、大きな声で泣いた)脱脂綿で傷口を覆い、その上から包帯を巻いた。
炬燵で横になったテツヤは泣き疲れたのか、じきに眠ってしまった。
《前編おわり》