僕達はあの日、桜の花と桜の枝ごしに、パステルブルーの空を見上げていたんだ
もー やりたいことなんて何もないんですけど
そーだよねー ないよねー
もー 何もがんばりたくないんですけど
ほんとそー もうがんばって生きてきたくなんてないよなー
そもそもがんばる動機なんてなくなったし
どうしてもやらなければいけないことなんて無いし
僕はその穏やかな暖かい日の午後、その頃1年だけ在籍していた会社の先輩と2人、芝生の上に寝ころがって話していた。2人の間には、空になった日本酒の一升瓶が転がり、新たに開けた一升瓶も半分くらい減っていた。その横にはコンビニで買った紙コップが2つ。そして袋を開け残り少なくなったさきイカとミックスナッツが同じプラスチック製のトレーに一緒くたに混ざって置かれていた。
平日の午前中だけの仕事が終わったあと、花見でもいきませんか、と僕から誘ったのでした。
野郎ふたりで花見かよ。
と言う先輩に
女姓だけで来ている人達もいるから気にいったコ見つけたら、僕が一緒に呑みましょうって声かけますよ。ねっ 行きましょうよ。
しょうがねーなー。ちゃんとかわいいコに声かけろよ。
そんな具合で先輩を誘い、街の中心部にある城跡の公園へと出掛けて来ていたのでありました。
僕は離婚して元の家を出て1年。先輩は離婚の話が出たばかりの頃。僕と先輩に共通するのは、ふたりともパートナーの方から別れ話を切り出され、その話が出るまで、自分では離婚なんてこれっぽっちも考えていなかったし、想像もしていなかったというマヌケなところ。
実際には、離婚してもやらなければいけないことはお互いにあった。
〈養育費の振り込み〉
これが唯一の義務であり、そして唯一の元パートナーとの接点でもあった。
大きな桜の木の、垂れさがる枝の下で胡座をかいて座り込むと、僕と先輩は日本酒を呑み、愚痴り合った。隣には女性3人のグループがいたが、声をかけることはなかった。僕も先輩も、そんなことはどうでもよくなっていた。ただただ、自分の愚痴を吐き、相手の愚痴を酒と一緒に流し込んでいた。
夕方に近づいてくると、風が出てきて肌寒く感じられた。隣の女性3人のグループは、レジャーシートをたたみ帰っていった。
僕達は寝ころんで、桜の花と桜の枝ごしに、パステルブルーの空を見ていた。
平和だなー
先輩が言った。
平和ですねー
僕が答えた。
俺達もそろそろ帰ろっか
そうですね そろそろ帰りましょうか
ふたりとも立ち上がり、背中や尻についた芝生を手ではらって歩き出した。
突風が吹き、見頃を終えようとしている桜の花びらが一気に舞い散った。
黄緑の芝生の上に落ちたその淡いピンクの花びらは、僕と先輩に、優しく、ひとつの区切りを教えてくれた。
今から8年前の4月前半の、いつかの出来事でありました。