七つの子(2)
赤い軽自動車を買ってから1週間後、車の運転にも慣れてきたし、ちょっと遠出でもしてみようかと思い立ち、ぼくは車を国道に出て西へと走らせた。
行き先は決めていなかった。夕方くらいに戻って来られればいいや。と軽いノリで。“重要なのは、何処へ行くのかではなく、何のために行くのかということなのだ„ などと意味不明な事を口走ってテンション上げてたなぁ。
正午になる少し前に、お腹も空いてきたのでお昼ごはんを食べようと思った。
大きな湖の近くに鰻屋の看板と蕎麦屋の看板が並んでいた。鰻を食べたかったけど予算的に厳しかったので、蕎麦屋に行く事にした。
看板には《右折して500m先》と書かれていた。途中、見にくい看板を辿りながら何度か角を曲がり、ようやく到着。蕎麦は不味からず旨からずといったところだった。観光地はやっぱり値段が高いな。と思った。
さて、これからまた国道に戻って、更に西へ向かおうと車を出したのだけれど、来た道がわからなくなってしまった。
大丈夫。こんな時のためにカーナビがあるのではないか。
ということで車を道路の端に停めて、早速カーナビを操作する。
国道の位置を確認して、そこまでの道を調べようとした。
ん。待てよ。
折角だから目的地を設定して、そこまで案内してもらおうじゃないか。
でも、目的地を思いつかない。なにせ、そもそもどこかへ向かうのが目的ではなかったのだ。車を運転するという事が目的だったから、どこも思いつかない。これまで遠出した事もなかったし。
そっか。どこでも良いなら、前の人が残した履歴で適当に選んでみよう。履歴を見てみると、殆どが《自宅》の住所と同じ、隣の県の住所ばっかりだった。
リストの中に動物園をみつけた。動物園なんてずっと行ってなかったから、ここにしよう。それでは《案内開始》。目的地までの所要時間は1時間12分。うん丁度いいかも。
再び走り出して2回角を曲がり、湖沿いに出たところで赤信号で止まった。
まだ秋に入ったばかりだったけど湖畔は風が強く吹いていて、寒そうだった。ぼくよりは幾つか年上であろうカップルの男の方が女の子の肩を抱いて歩いていた。顔を見合わせ何か喋りながらイチャイチャしてた。
だれかさんとだれかさんがむーぎばーたけー チュッチュチュッチュしているいいじゃないかー ぼくにはこいびとないけれどー いつかはだれかさんとむーぎばーたけー
知らないうちに口ずさんでいた。
母親が酔っぱらって帰って来たときに機嫌がいいと、ぼくの部屋のドアを乱暴に開けながら歌っていた曲。
あの人はそれから潜ったぼくの布団をはぎ取り、無理やりぼくの顔中に唇を押しつけてくるのだ。
あー お前らのせいでイヤなこと思い出しちまったじゃねーか。今でもあの酒くさい息の匂いが蘇ってくるよ。
でもそーいえば、この変な歌って誰が歌ってたんだっけ。曲名は《麦畑》だろうな。この歌詞に続きはあるのかな。あるならちょっと聴いてみたいかも。
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ナビの案内に従って進んでいくと、高速道路を走らされた。痛い出費だ。でもETCを初めて利用できた嬉しさもあった。ETCカードつくっておいて良かったな。
目的地に着くとナビが「おつかれさまでした」と言ってくれた。もう少し感情をこめてくれればいいのに。とも思ったが、女性の声でそう言われると悪い気はしなかった。
動物園に入って少し見てまわってみる。土曜日の動物園は家族連れで混み合っていた。案外と運転で疲れていたようで、歩くのがだるい。近くのベンチに腰掛けてチンパンジーを15分くらい見て、動物園を出た。
さて、これからどうしよっかな。このまま家に向かおうか迷ったが、どうしても気になる事がある。
ナビに登録されていた《自宅》だ。
別にどーでもいいんだけど、せっかく前の人の住所が残ってるんだからちょっとだけどんな人が乗っていたのか見てみたい。もちろん見たからどーのということはないのだけれど、もう気になっちゃってんじゃん。ちょこっと顔見ればそれで、あ~そ~ こんな感じの人がこの車の前の持ち主なのね。ってそれで納得できるじゃん。じゃあモヤモヤしているより行ってみればよくねぇ。うんそうだね。じゃ 軽く行ってみましょうか。
そしてぼくは、ナビの画面の《自宅》をタッチして案内を開始させた。
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【つづく】