◆不確かな約束◆第3章 しめじ編 ふたりだけの世界
ユキに強引にタクシーに乗せられ病院へと向かう間、ユキはずっと僕の手を握っていた。不安からか、その手は冷たかった。かけてあげられる言葉は見つからなかったけど、せめてこの手を温めてあげたいと思った。
病院の手術室に着いた時には、ユキの父親は亡くなっていた。放心状態で固まっているユキ。立っているのがやっとといった感じだった。いつも落ち着いていて、とり乱したりなんかしないユキ。頭の中で〈彼女を僕が守らなければ〉と、何度も繰り返していた。
ユキのお母さんが、「シュウ君 ユキに付き添ってくれてありがとう。ここはもう大丈夫だから先に家に帰っててくれる⁉」と言ってくれたので、その言葉に従う事にした。ユキの方を見ると、まだ放心したままだった。また僕の頭を呪文のように〈彼女を僕が守らなければ〉と木霊した。
「これからは俺がユキのことを守ってやる」
知らぬ間に声に出していた。自分でもびっくりした。ユキが僕の肩にしがみついて泣いた。Tシャツの肩にユキの温かい涙が染み込んでいった。
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ユキのお父さんの葬式が終わって家に戻ったユキに、何か言葉をかけてあげたくってユキの家に行ってみた。家にはユキだけで、お母さんは出掛けているようだった。
「シュウ どうしたの?」
「いやっ ちょっと様子を見に来てみただけだよ」
「そっ じゃあちょっとあがっていきなよ」思っていたより落ち込んでなさそうで、少し安心した。
ユキは僕の手首を掴んで、自分の部屋へと誘導していった。ユキの部屋に入るのは小学2年生のとき以来だった。その頃はまだ女の子らしいピンクや赤の物が多い可愛い部屋だったが、今はブラウンで統一された家具と、モスグリーンのカーテンで、落ち着いた雰囲気に変わっていた。部屋は綺麗に片付けられていた。が、ひとつだけ、さっき脱いだばかりなのであろう黒のストッキングがベットの上に投げ捨てられていた。
ユキは部屋のドアを閉めると、
「ねえシュウさ 病院でお父さんが死んじゃった日、帰り際に『これからは俺が守ってやる』って言ってくれたじゃん。アレ私すごく嬉しかったんだ。でもアレってその場の勢いっていうのじゃないよね⁉」
「も、もちろんだよ! 勢いだけとか嘘なんかじゃ絶対ないよ。」僕は少し狼狽えながら答えた。
「ありがとう。本当に嬉しいよ!」ユキが少し笑顔を見せた。とても可愛かった。同時に〈人ってこんな状況の時でも笑えるんだ〉って思った。
「だったらさ 私達ちゃんと付き合っちゃおうよ!正式に。」
「つ、つきあう って 急に言われても、、、しかもこんな時に⁉」
「だってシュウは私を守ってくれるんでしょ! それならずっと側に居てくれないと。それに急だって、こんな時だって、、、むしろこんな時だから余計になのよ。私は今、史上最高にあなたの事を必要としてるの。ねっ いいでしょ。」
「う、うん まあ いいけど。」ユキに押しきられるように返事をしてしまったけど、不服など1ミリもなかった。
「じゃあ 私達の付き合い始めで、シュウが一生、私の事を守ってくれるという証明に、ギュって抱きしめて」
「わかった。」もうユキに抵抗するのはやめた。今日はユキの言う事を素直に従おう。
僕はユキの正面から彼女を抱きしめ、背中で自分の手を繋いだ。〈これから一生ユキの事を守っていくんだ〉と改めて心に誓った。ユキのシャンプーの香りのする髪の匂いを、おもいきり肺の奥まで吸い込んだ。ユキから肩の力が抜けていくのがわかった。暫くそうして抱きしめた後で、ユキの顔を覗くと右目の隅に微かに涙が滲んでいる。自然とそこに自分の唇が触れていた。カーテンの隙間から射し込む夕陽が、肩まで掛かるユキの髪をオレンジに染めていた。神秘的に美しいと思った。
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高校の入学式が終わって間もない土曜日、母親から「あなたには申し訳ないけど、お父さんとは離婚する事に決めたわ!」と告げられた。僕が小学校の頃までは仲の良かった両親だが、中学に入った頃から些細な事での言い争いが絶えなかった。その内そうなるのではないかとは思っていたが、実際に聞かされると考えていた以上にショックだった。
もう両親の間では話しがついていたようで、次の日には父親が家を出ていった。展開が早すぎて、僕の気持ちは現実についていけてなかった。
急に気分は落ち込んで、自分の不幸な境遇を嘆いた。自分の事だけで精一杯になってしまった。
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ユキとは正式に付き合い始めてから毎日、近くの公園のベンチに座ってお喋りしたり、ただリードに繋がれている犬を眺めたりしていた。一緒にいる時の彼女は父親の死で落ち込んでいる様子など、一切見て取れなくなっていた。両親が離婚してからは、自分が両親の愚痴を話している事が多くなっていた。優しく包み込んでくれるような彼女の対応が、心地よかった。
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高校へはふたりで一緒に通い、帰りも待ち合わせして一緒に帰って来た。ユキとは別々のクラスだった。新しい友達もできたことはできたが、休日の誘いなど全て断っていたので、親友と呼べるような友達は出来なかった。僕の理解者はユキだけで充分だと思った。
高校3年生になっても、学校の授業以外ではずっとユキと一緒に居た。お弁当もふたりでグランド脇のベンチで食べていたし、学校帰りはそのまま夕食の時間まで近くの公園で過ごした。夕食を済まし、風呂からあがるとユキの部屋に行って、寝る時間まで一緒に勉強をした。途中で性欲を抑えられなくなって、ユキを押し倒してしまう事も少なくなかった。
ユキの母親は、旦那を亡くしてからずっと元気がなく、塞ぎ込んでいる様子だった。パートの仕事や家事はこなすものの、他の事には一切、興味がないみたいだった。僕が夜遅くまでユキの部屋にいる事にも。
それでもユキの父親の生命保険と会社からの見舞金で、ユキが高校生の間は問題なく暮らせるお金はあるという事だった。
ウチの母親は、親父と離婚してから怒りっぽくなっていた。いつもカリカリしていて、一緒にいるのが嫌になった。正社員として会社の事務の仕事を始め、家の事も全部やるから疲れているんだろう。でも僕には一度も家事を手伝えなんて言った事はなかった。母親としての意地なのだろうか。
そして僕達は高校の3年間を、ふたりだけの世界を作り上げて、その中にどっぷりと浸かっていた。自分達ふたり以外の人間は、この世から消えてなくなっても、全く気にならないとでも思えるくらいに。
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高校2年の終わり頃からユキと真剣に卒業後の進路の事について語った。僕は全く将来やりたい事なんて思い浮かばなかった。ユキに勉強を教わってたおかげで僕のテストの成績は上がってきた。始めは学年で下から数えた方が早いくらいだったけど、3年になった頃には50番くらい。とりあえずどこかの大学には行けるだろう。まだまだ就職して社会に出る勇気なんてないしね。親父が大学のお金は全部出してくれるって言うし。とりあえず大学に行っている間に就職の事とかは考えればいいや。
反対にユキの成績は少し下がった。それでもユキは20番くらい。それはいいとして、ユキはやりたい事が出来て北海道の大学に行きたいと言い出した。僕はそんなに遠くまで行って欲しくはなかったけど、ユキは一度決めたらきかない。「何かこのままじゃいけない気がする」って言ってたけど、僕はこのままが良かった。同じ大学とは言わないまでも、同じ地域の大学にして欲しかった。何度か考え直して欲しいって伝えたし、喧嘩にもなりそうになったけど、「私の考えは変わりません。」で終わり。
だったら僕も北海道に行けば良いのだけれど、親父に「特にやりたい事がないのに北海道まで行くなんて、お前はバカか!そんなんなら金は出してやらないぞ。」って言われて、関東もしくは関西辺りで探して、幾つか受験した。唯一合格したのが、大阪の大学。
ユキは北海道の志望大学一本に絞り、見事合格。奨学生制度を利用して、バイトも頑張るって言ってた。
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そんな成り行きで、高校を卒業したらユキとは長距離恋愛になってしまう。とっても寂しいけど、一度くらいそんな経験をしておいても良いのかもしれないとも思い始めた。久しぶりに会って抱き合うと、ものすごく燃えるって聞いたことあるしね。
そして、卒業式が迫った2/28。僕達は新宿でデートする事になった。最後だからディズニーとかもっといいとこ行こうって言ったけど、ユキが新宿がいいって言い張るから。本当にユキは頑固だ。先が思いやられる。大好きだけどね! やっぱり離れるのは寂しい。これから自分ひとりでやっていけるか不安になる。
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