【Bar S】episode 23.5 老夫婦からの指南
土曜 23:00
70代と思しき夫婦が、木製の重い扉を開いた。
店内には常連のナオト・マユミのカップルがカウンターの奥の方に並んで座っている。ちょうど2組4名の客が出ていったばかりだった。
老夫婦はマユミからひとつ席を空けてカウンターの中央に陣取り店内を見回すと、カウンターに並べられたウイスキーの中からメーカーズマークを選んだ。
「オンザロックでふたつ」
男が、この店のマスターである私に向かって低音の渋い声で言った。
私は用意してある、アイスピックで丸く削った氷の形を整えると、グラスにそっと入れ、そのウイスキーのトレードマークである赤いキャップを開けた。琥珀色の液体をメジャーカップに移し、それをまたグラスへと移す。それから軽くステアしたあと客の前のコースターへ徐に置く。バカラのグラスは店内の照明を反射し、レッドやグリーン、ブルーやイエローに光線を飛ばしていた。
ということはなく、バーとは名乗っていても本格的なバーではない、ただの呑み屋なので、製氷機から掬った氷を普通のロックグラスに入れ、目分量でウイスキーを注ぎ、軽くかき混ぜてコースターの上に置いたのだった。
老夫婦はグラスを手に取ると、「かんぱい」と静かにグラスを合わせた。そして奥のふたりに向かって「はじめまして。おじゃまします」と言ってグラスを上げた。
白髪混じりの髪をきれいに後ろへと流したおじいさまは、私と常連カップルにも、同じメーカーズマークのロックをご馳走してくれた。
「ステキなご夫婦ですね」
老夫婦はマユミの言葉にまんざらでもなさそうな笑みを浮かべた。
「ありがとう。私達もうこんな歳だけど、未だにあっちのほうもちゃんとやってるんですよ」
突然のおじいさまの告白に、一瞬たじろぐ私と常連カップル。
私は慌てて言葉をつなぐ。
「へー、素晴らしいですね。世間の大概の夫婦が10年もしないうちにセックスレスになるっていうのに」
「わたしはそれが信じられないわ。わたしは主人と出会った23の頃からこれまで、主人しか知らないの。それまでは処女だったから、本当に主人だけ。でもね、わたしたったの一度も主人以外の人に抱かれたいと思ったことなんてないわ。だってこの人、ちゃんと毎回わたしをイカせてくれるし、プレイ自体も飽きさせないほどのレパートリーがあるんだから」
白い髪を綺麗にパープルに染めた婦人の予想外の大胆な言葉に、私はカウンターの一番奥の席で阿呆のように口を開けたままのナオトと目を合わせた。きっと私も阿呆面を浮かべていたことだろう。
「先輩っ、ぜひとも僕にもそのテクニックを教えてください」
「もー、ナオトったらやだーもー」
マユミは顔を赤らめながら、でも嬉しそうにナオトの肩を叩いた。
「そうか、なら誰でもできる簡単なやつをご伝授さしあげよう。ではその前にひとつ。そちらのお嬢さんはどんな体位が好きかな」
「えーーっ、好きな体位ですか」
マユミはさっきよりももっと顔を赤くして恥ずかしがりながらも、真剣に考える。
「ほらっ、言ったれ!俺のスペシャルなやつを」
ナオトが調子に乗ってマユミを囃し立てる。
「なによ偉そうに。ナオトは私が誘ってもすぐ、俺は眠いから勝手に乗ってくれって言うじゃない」
ナオト以外のみんなが爆笑する。
「で、そう言われたらあなたはどうするの。わたしは騎上位も好きだけど。主人の頭を胸に抱えこんで、自分の好きなように動くのもいいじゃない」
「はい。文句を言いながらもナオトのアソコをいじくって、少し硬くなったら跨がります。わたしも騎上位自体は嫌いじゃありません」
マユミは、ウイスキーの入ったグラスをカラカラと回しながら下を向いて答えた。
「じゃあ。バックは好きかな」
おじいさまは残ったウイスキーを一口で呑み干すと、マユミに訊ねる。
「はあ、まあ、正常位よりは好きです」
私はマユミの顔をニタニタしながら眺める。
「だったらここで簡単テクニック」
おじいさまはグラスの中の氷の固まりをひとつ口に含んで、また話し出す。
「バックで突ついて女性の方が感じ始めたら、こうやって氷をひとつ口に入れておいてだなー、女性が絶頂に近づいた時にこの氷を女性の背中に落とす。そして、その氷を背中に添って上から下へ撫でてあげると絶頂の興奮がとてつもなく増すんだよ」
「そう、氷が背中に落ちた瞬間、脊髄を伝って電流が腰から頭へビリビリビリーって。それはもう凄いんだから」
婦人が興奮ぎみにその時の状況を付け加える。
「へー、そんなにすごいっすか。今度やってみよー」
「でもナオトは、わたしがそうなる前にイッてしまうじゃなーい」
マユミの一言でまた一同、大爆笑。
「それじゃ、意味ないな。今度また会えたら、長続きさせるコツを教えてあげるよ。なんだか話してたらしたくなってきちゃったから、今日はもう帰る」
そう言って老夫婦は仲良く手を繋ぎ、店をあとにしたのだった。
ふたりが、店の近くのラブホテルに寄ったのかどうかは定かではない。
「マスター、俺そんなに早くないよ。どちらかと言えば遅漏、チロウだよ。信じて。お願い。マスター信じてー」
「そんなん俺にはどうでもいい話しじゃ!」
こうしてこの日も、何事もなく無事に店を閉めることが出来たのであった。
ーーepisode 23.5 おわりーー
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