ある卒業の1日
高校の卒業式。
淡々とした式を終え、ホームルームでの担任の感動的な話も終わった。
教室を出ると廊下には大勢の後輩たち。
お目当ての卒業生から何かしら奪おうと待ち構えていた。
ウチの学校の制服はブレザーだったから、ボタンは女子が3つ男子は2つしか付いてない。
人気のある生徒はボタンなどすぐに無くなり、校章の入ったバッジ、紺色のブレザー、えんじ色のネクタイ、黒や茶色のベルト、紺色のバック、生徒手帳など身につけている物を次々と奪われてゆく。
僕は何に対してもほどほどなので、ボタン2つとバッジが無くなっただけだった。
廊下に溢れかえる人混みをすり抜けて、昇降口へと向かう。
昇降口にも数十人の在校生が、下駄箱を通るお目当ての卒業生を見逃さないように必死に睨んでいた。
靴に履き替えていると部活の後輩がやって来て、スリッパを持っていく。
靴に履き替えたあとの学校指定のスリッパも、在校生の獲物となるのだ。
数ヶ月前まで使っていた部室に寄る。
これまで学校で使っていたジャージや文具や柔道着など、これからの生活で必要ない物は全て部室に置いてゆく。先輩達から引き継がれてきた、サッカー部の伝統というやつだ。
部室の中では校内一のモテ男が、パンツ一丁で私服に着替えているところだった。どうやら、白いワイシャツやグレーのズボンまで略奪されたようだ。
僕は、そこにいた数人と少し話をしてから部室を出た。手には卒業証書だけになっていた。
校門へ向かうと、花束やらプレゼントを抱えた女子が数人立っている。
その中から、僕のもとに花束を持ったひとりの女の子が近づいて来た。
2週間前に別れを告げたばかりの1学年下の女の子だ。
「ふられちゃったけど、まだ好きでいてもいいですか」
彼女はそう告げると、花束の代わりにネクタイと生徒手帳を要求した。
僕は彼女から花束を受けとり、ネクタイと生徒手帳を渡す。
「ありがとう」
お互いに礼を言い合い、僕は学校を後にする。
バスに乗り込み、JRの駅へと向かう。
駅にも卒業生を待つ、女子生徒の姿がある。この街には高校はひとつしかないので、全て同じ学校の生徒だ。
電車に乗り込むと、ドアの前にウンコ座りでタバコを吸っている他校の生徒に睨まれる。
ここで財布まで盗られたらたまらないので、彼らとは目を合わさないように気をつけながら、別の車両に移る。
前を通る時に、視界の隅で彼らの様子を確認する。彼らは男子校に通う生徒だから当然、学ランのボタンは全て残ったままだった。
地元の駅で電車を降りると、駅の構内や駅の前には大勢の学生がいた。ここには地元のいろんな高校の生徒が入り乱れ、それぞれ別れを惜しんでいた。
3年間自転車をとめていた駐輪場へたどり着くと、またそこにもいろんな高校の女子生徒の姿が。
自転車のかごに花束を入れ、鍵のダイヤルを回していると後ろから声を掛けられる。
「あのー すいません」
振り返ってみると女子校の制服を着た小さな女の子。誰だ。
「制服のボタン…… 欲しかったんですけど…… もう、ありませんよね……。実はわたし…… 駐輪場から駅へ向かう先輩のこと、前からずっと見てたんです」
やっぱり知らない子だ。
「先輩に彼女さんがいること、知ってます。けど、ボタンじゃなくてもいいので、せめてなにか…… なんでもいいのでください」
僕は制服のポケットに手を突っ込み、何が残っているか確認する。胸の内ポケットに入っていたエチケットブラシを渡した。
彼女からは、赤いリボンが掛けられた小さな袋を渡された。
「ホントはバレンタインの時に渡そうと思ってたんですけど…… 勇気が出なくて…… チョコレート、良かったら受け取ってください」
もらった袋を左のポケットに突っ込み、自宅へと向かう道をゆっくりと自転車を走らせた。空は蒼く澄みわたり、普段とは違う特別な日を実感させてくれた。
家に着き部屋着に着替えて、2時間ほど寝た。
起きて出掛ける支度をする。
これからクラスのみんなと卒業を祝うパーティーだ。
今日はとことん呑んでやるぞー。
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