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手紙~~心を溶かす合言葉~~

高校生になっても相変わらず私はバリアを張って生きていた。
私が通っている学校はこの地域では中堅の進学校で、成績の良いグループは懸命に勉強に取り組み、それ以外の生徒は何処か適当な大学へ滑り込めれば良いといった感じで、それよりは部活動や恋に勤しみ青春を謳歌しよう的な人が大半を占めていた。
そんな風だったから、他人となるべく接することなく過ごしたい私は、それほど熱心に勉強に取り組まなくても割りと良い成績をキープできていた。
授業中は真面目に取り組み、休み時間には小説を読むという中学生の頃と変わらない学校生活。アパートの部屋では母と私と猫二匹で暮らしていた。家でも専らマンガや小説などを読み、柔らかい猫の背中を撫でるのが唯一の癒しだった。
姉が一人で東京へと行ってしまい、姉がいなくなってからの母はイライラを私にぶつけるようになったので、顔を合わせると口喧嘩ばかりという日々を送っていた。

高校2年生の秋、教室の自分の机の中にノートの切れ端を菱形に折った手紙が入っているのに気づいた。一瞬、ハッとしたが周りの生徒に見つからないようにカバンの中へ隠した。
昼休み、お弁当を食べたあと手紙をポケットに入れてトイレで読んだ。
〈そろそろ殻を破って出ておいでよ〉
手紙にはそれだけ書いてあって、差出人の名前もわからなかった。

次の日も同じノートの切れ端に同じ折り方をした手紙が入っており、やっぱりトイレで開いた。
〈君も僕たちの仲間だよ〉
筆跡も男子生徒からのようだった。

〈君のことをいつも見てるから〉
三通目の手紙を読み終えて教室の自分の席に戻ると、離れた席からこちらを伺う視線と鉢合わせた。
及川真悟(おいかわしんご)君。
サッカー部で走るのはクラスでトップ。男子にも女子からも人気があるムードメーカータイプ。
手紙の主は彼なのか? 反射的に視線を外し椅子に腰かけると、その後はもう及川君を見ることはできずに古文の教科書を開いた。

〈恥ずかしがらなくても大丈夫だよ〉
次の日も手紙はあった。

〈私たちと遊ぼ〉
〈ミキちゃんも仲間だよ〉
可愛いピンクや水色の便箋に書かれた、女子からの手紙も机の中に入れられるようになった。

私は手紙をくれる目的が気になって、自分でも手紙を書くことにした。
〈えーと…… これってなに?〉
大事な時に使おうと思ってとっておいた猫のイラストがプリントされた便箋を使い、これまで送られてきた手紙と同じように菱形に折った。放課後、教室に誰も居なくなってから、及川君の机の中にそっと忍ばせた。

「よっ、おはよー。はいこれ」
朝、教室に入るとうしろから及川君が私の肩を叩き、手紙を渡してくれた。
私が驚いていると、周りのクラスメイトたちがみんな笑顔でこちらを見ていた。状況を把握できずにいた私は、とりあえずトイレに逃げ込んだ。
〈ただみんな、水谷さんと仲良くなりたいだけだよ〉
ノートの切れ端に書かれた手紙にはそう書いてあった。

〈ありがとう。わかった。で、どうすれば私、みんなと仲良くなれる?〉
勇気を出して昼休みに入ったところで及川君に手紙を渡した。
及川君はニコニコしながら、その場で手紙を開いた。
及川君はニコニコの笑顔のまま、笑い声をあげた。
私は心臓がドキリとして一瞬、身構えた。

「あ、ごめんごめん、笑ったりしたら失礼だったね! でもね、馬鹿だなーって思ってさ」
私は目を合わせていられなくなり下を向く。
「だってそうだろ、どうすればいい?っておかしいじゃん。俺たちもともと仲間だろ?! だったら合言葉なんていらないでしょ」

及川君のその言葉でクラス中が沸き上がった。
「なーかーま、なーかーま」
「とーもだち、とーもだち」
私は怖かった。こんなに皆から歓迎されていることが。
私は下を向いたまま、火を吹きそうなほど熱くなった顔を両手で隠した。ずっと忘れていたものが込み上げてきて鼻の奥がつんとした。鼻の奥のつんが堪えられずに口を開けたら嗚咽が漏れて、泪が溢れた。
私の周りには女子がハンカチを各々出して集まってきた。
「ハンカチ、私の使って」
「だめー、私の使いなさい」
「ほら、これ鼻水拭きようでいいから」
次々にいろんなこと言われて思わず笑ってしまったら、皆が私に抱きついて、なんでか知らないけど一緒に泣き出すコもいて、それを見て皆でいっそう大きな笑い声が教室に広がった。

「ちょっと、それだけじゃなくてさ、俺、この際だから告白しちゃうけど、ずっと水谷さんのことが好きでした。俺と付き合ってください、よろしくお願いします」
笑いがおさまってきたところで及川君がそんなこと言い出すから、また教室は大騒ぎ。こちらに向かって右手を差し出している及川君に「今日はダメダメ」と女子たちが間に入ってくれた。
そのあとは女子グループで机を並べてお弁当を食べた。
やっぱり恥ずかしくて皆の顔をあまり見られなかったけど、今までの自分が何に対して意地を張っていたのかわからなくなるくらい嬉しかった。

それ以来、クラスの皆と友達になれたし、その日から10日後には、貰った10通目のラブレターへの返事を書き、及川君と付き合うことを承諾する旨を伝えたのだった。

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しめじ
ゆる~く 思いついたままに書いてます 特にココでお金稼ごうとは思ってませんが、サポートしてくれたら喜びます🍀😌🍀