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AIによるナレッジマネジメントとフラットな組織

数十年前、紙ベースのオフィスを象徴する存在の一つが「キャビネット」でした。これらのスチール製収納箱はオフィスの隅に設置され、必要な書類を確認する際には扉を開け、中に整理されたフォルダを探しました。フォルダには内容を示すタグが付けられ、その中には必要な書類がきちんと収められていました。

このシステムは「ファイリングシステム」と呼ばれ、20世紀における知識管理(ナレッジマネジメント)の最先端の方法とされていました。

同じ原理はアーカイブにも適用されました。企業や組織の倉庫では、大きな箱が棚に収納され、その中には縦に並べられたフォルダが入っていました。それぞれのフォルダには識別用のタグが付けられ、書類はフォルダ内、さらにフォルダが箱やキャビネット内という形で保存されていました。

この方法はアクセス性を確保し、当時の知識管理(ナレッジマネジメント)の最良の解決策とされていました。

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やがてデジタル化が進みました。一部の分野、例えば金融や政府機関、図書館などでは依然として紙ベースのシステムが使われていますが、21世紀にはデジタル化が急速に進んでいます。しかし、デジタル化されたファイリングシステムの基本原理は、依然として紙ベースのシステムの延長線上にあります。

たとえばコンピュータを見てみると、書類が増えるたびに整理と分類のためにフォルダを作成します。さらにフォルダが増えると、それらを整理するために新しいフォルダが必要になります。物理的なシステムでは、フォルダやキャビネットの容量に制約があったため、構造全体を認知しやすく、書類、フォルダ、キャビネットという3層に収まっていました。

しかしデジタルでは、こうした制約がありません。無限にネストされたフォルダを作成できるため、フォルダが認知負荷を軽減するどころか、膨大な数のフォルダを探す迷路のような状況を生み出し、本来の目的を損なうことがあります。

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デジタルファイリングの柔軟性は便利さを増すどころか、逆に混乱を引き起こすことがあります。フォルダ管理そのものが目的化し、肝心な「必要な書類へのアクセス」が難しくなってしまいます。この問題を解決するためには、フォルダの階層を3層以内に抑えるといった自己規律が求められるかもしれません。

しかし、デジタル環境において物理的なシステムの制約を単に模倣するだけで十分でしょうか。旧来の方法を「複製」するのではなく、デジタル技術ならではの特性を活かすべきではないでしょうか。

デジタルシステムには、物理的なスペースを節約する以上の利点があります。検索機能やリンク機能といった強みを活用することで、「フォルダレス」の知識管理という新しいパラダイムを実現できるのです。

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2000年代半ば、Gmailが登場した際、そのキャッチフレーズの一つに次のようなものがありました。

分類せずに、検索する。

この理念は、メールをフォルダに振り分けるという従来の習慣に一石を投じました。受信したメールをカテゴリごとに整理するのではなく、強力な検索機能を活用することを提唱したのです。この考え方は、メール管理にとどまらず、デジタルナレッジマネジメント全般に応用できます。

メールや書類をフォルダに仕分ける作業は時間を要します。たとえAIの助けがあっても、この手法は本質的に効率が悪いといえます。それよりも、AIが検索機能やリンク機能を強化し、フォルダ管理から解放する方向が望ましいのです。

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フォルダを作成することは、カテゴリ分けの分類行為に他なりません。しかし、この方法には必然的に分類ミスがつきまといます。たとえば、リンゴをどのカテゴリに分類すべきでしょうか。「果物」「食品」「象徴」「農業」「栄養学」「ビジネス」など、いくつものカテゴリが考えられます。あるフォルダが複数の親フォルダに属するべき場合、混乱が生じる可能性もあります。

柔軟な代替手段としてタグ付けがあります。たとえば、書類に複数のタグ([#果物」「#食品」「#象徴」など)を付与することで、固定的な階層構造を排除できます。ただし、タグ付けにも課題があります。一貫性を保つのが難しい場合があるほか(例:「#食品」と「#食品関連」の混在など)、タグの多様性が運用を難しくすることもあります。

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最終的な解決策は、分類そのものをやめることです。

書類が自然に増えていくままに任せ、それが混沌として見える状況でも問題ありません。Gmailがメール管理を変革したように、AIはナレッジマネジメントを根本的に変えることができます。AIがすべての書類を読み取り、関連性を見出して、意味のある形でまとめて提示できるのです。

これは、知識のためのニューラルネットワークと考えることができます。人間の脳が情報を動的かつ非階層的に保存し、必要に応じて接続を形成するように、AIもフォルダやタグ、ハイパーリンクに依存せずに動的で文脈に応じた知識のクラスタを作成できます。

この方法は効率的であるだけでなく、フラットな組織構造を反映しています。従来の階層型組織が職場でフラットな構造に移行しているように、フォルダベースのシステムもAIによるネットワークに置き換えることができるのです。

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むろん、新しいパラダイムを採用することは、フォルダやタグ、ハイパーリンクを一気に排除することを意味しません。段階的に移行するのが現実的です。

たとえば、「受信箱」というフォルダを一時的な作業スペースとして活用し、完了した書類を「アーカイブ」フォルダに移動して、後はAIに管理を任せる、といった方法が考えられます。このようなハイブリッドアプローチを取れば、秩序を保ちながらAIによるナレッジマネジメントを試すことができます。

ナレッジマネジメントの未来は、非構造化データの混沌を受け入れることにあります。分類の手間をAIに委ねることで、手動による整理から解放され、本当に重要なこと、つまり「知識(ナレッジ)そのもの」に集中できるようになります。そしてこの新しい時代の合言葉はこうなるでしょう。

分類せずに、AIに尋ねる。

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