ゼウ氏会で水の中の「春よ来い」を伝えてみた。春はもう来てます!
3/11(木)クニヅクリレッスン by梅田幸子さん に参加させていただきました!
早速、記事にしてみました。
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松任谷由実さんの「春よ、来い」の歌が聞こえる。
近頃、なんとなくイマジネーションで「水」を感じます。
温かい水が地上に満ちている感じ。
不安はありません。むしろ、リラックスできるくらいです。
そんな、中でユーミンの「春よ来い」が聴こえてきて、無意識に歌っています。
とくに私は特別な能力もなく、
オーラとかチャネリングとか、幽霊とか見えません。
ただ、周りにはそういう能力の友人がいます。
友人にいわせると「スピリチュアルな能力に対して激弱」なんだそうです。
更には「くそ弱っ!運まで弱い。悪運だけは良い。ギリギリ死なない程度に役に立つ悪運だけね!」と言われる始末
(´;ω;`)
ユーミンの「春よ、来い」のインスピレーション
そんな超頼りない私が
ユーミンの「春よ、来い」の降ってきたインスピレーションをお伝えします。
※ちなみにユーミンのライブ映像をみるとわかると思いますが、
ユーミンの「春よ、来い」は海の中の龍宮城で龍とともに表現されています。
インスピレーションの内容
春は来たのです。
「春よ、来い」じゃなくて「春は、来た」です。
あなたが無意識に待ち望んでいた時が来ました。
いままで抱いてきた人生で大変だったことも、終わりました。
あなたには、あなたの感情を選ぶことが許されるのです。
苦しみや悲しみに溢れた感情を選ぶのか、喜びに溢れた感情を選ぶのか全てはあなた次第です。
貴方には選ぶことができるのです。
・・・正直なところ、このイメージを受け取ったとき、
「やっと、やっと、このトキが来た」と視界が明るくなりました。
窓にかかったカーテンを開けるように。
まじで泣きました。
以上です。
「春よ来い」のメッセージをどう私は受け取ったのか
ちなみに、下記はイメージを受け取ったときの自分の考えと、セミナー参加した感想です。
ユーミンの「春よ来い」のインスピレーションを聞いてムカついた
話を戻して、ユーミンの「春よ来い」のインスピレーションを聞いて。
同時に私はむかつきました。
つまり、この意味を考えると
「いままでの私の人生の感情を私自身が選択する許可が与えられてなかった」からです。
※本当は、単に感情を自分でコントロールするのが難しかっただけだと思うけど。。。
ーーースピリチュアルの馬鹿野郎ヽ(*`Д´)ノ
目に見えない世界というのは温かいように皆、わりと言うような気がするのですが、わたしは「本当のスピリチュアルの世界は冷たい」と思っています。
すべての事に意味はあるといいますが、あってもソレは神の都合とかそんなものです。
究極的にはすべての事は「はじまり」がなければ起きないのです。
何もなければ、何も始まらず、何も生じなかった。
今の私の個人の幸せのためなのか謎。。。
だいたい目に見えない存在とは時間軸や、考え方のものさし、常識が違う・・・
ゼウ氏のセミナーで考えたこと
脱線したので話を戻すと、今回のゼウ氏の集まりで、
「自分の感情を感じる視点を選べるようになった」
「自分の感情の流れと、その感情を第三者の目で見れる流れがうまれつつある」と言う方たちがいました。
そして、「土の中から芽がでる準備をしているような人」も。
冬が終わり、春の暖かな日差しのもとで雪が溶け始める。
降り積もっていた白い雪も地表へと一体となり、それは混ざり合って雪解け水となる。
それが更に発展して、
一部の人は「飽きっぽい」と自分を称し、
コミュニティとコミュニティをつなぐことを自分の仕事ではないかと考える人も。
個人的には今回のゼウ氏の意図は不明ですが・・・
個人的には今回のゼウ氏の意図は不明です
でも「自分の感情を感じる視点を選べる」ことをある意味で許されたひとが呼ばれたような気もします。
※本当は、すべての人に感情を選ぶことを許されていと思う。と、いうか、単なる囚われた思考にきががつきやすくなった?
落ち込んだり、悲しんだりするのをストップすること私達は許されている
ここで言っときますが、
風の時代は否応なく、色んなものを分離させていきます。(個人的見解)
禊(みそぎ)にちかいような気もします。良いことも悪いことも生じるでしょう。
個人的には、変化が苦手なので
自分の人生を左右するようなことは望んでいませんし、
もちろん私を含め、今回のセミナーに参加した人たちも問題はいくつもあるようでした。
変化に驚いたり、悲しむ人はいます。
「自分の感情を感じる視点を選べる」とはどういうことなのか
では、「自分の感情を感じる視点を選べる」とはどういうことなのか。
ーーーいつでもハッピー!この世に不幸なんてない!だって、私が選んだのだから!
。。。という感じではないです。
ーーー問題おこった。落ち込んだ!でも、もう落ち込むのをやめた!
みたいな感じだと思います。
こういえばいいのかな。
ーーー落ち込んだり、悲しんだりするのをストップすることを選びやすくなった。
※本当はセミナーに参加した人以外の人達も、すべての人が味わう感情を選べるはず。ただ難しいだけで。
これは、風の時代にいきる私達が「ふわふわ」「わくわく」過ごすために必要な能力だと思います。
私達はポジティブな感情も、ネガティブな感情も選びやすくなったんだと思います。
感情のコントロールというものかもしれないです。
追伸①:「春よ来い」という曲を象徴するパワーは良いものなのか?
「春よ来い」
いい歌ですよね。
でも、ついつい聴こえてくるの歌うのですが、
「強力な変化のパワー」の曲でもあると私は考えてます。
変化が苦手な私はいつも歌うのをためらいます。
そういえば、「春よ来い」はトイレで作られたそうです。
薄々思っているのですが。。。。
「春よ来い」という曲は「分離」や「変化を促す強力なパワー」を結びついているような気がします。
作曲された場所がトイレだけに。。。「排泄」とかね。。。。
宗像三女神とか瀬織津姫、金神様、白虎とかに近いパワー。
ちゃぶ台をひっくり返すようなパワー。
良いパワーなんだろうけど、本当に良いのか・・・悪いのか(;´д`)トホホ…
・・・この辺は長くなるので終わり。
追伸②:「春よ来い」という曲って悲しいけど、それはもう過ぎたことだよ!
「春よ来い」という曲って悲しいけど、それはもう過ぎたことだよ!
なんか、古いPV見ると、子供が春を待ってて悲しくなる。。。
「春よ、来い」自体が、どっか遠くにいる春を待つ曲だからね・・・
大丈夫だよ!もう春は来たよ!!!!
・・・そう思うし、そう言ってあげたい。(願望)
これを見ているかもしれない貴方のために記事を書きました
▼これを見ているかもしれない貴方のために記事を書きました
そして、貴方を自由にしてあげてほしい!
もう、貴方は許されている!!!!
このイメージ、本当かどうかは、どっちでもいいです
今回のイメージはあくまでイメージ。
本当かどうかは、どっちでもいいです。
(私が言うのは何だけど。。。)
でもね、もう貴方は自分の感情を選んでもいいと思うんです。
▼これを見ているかもしれない貴方のために記事を書きました
追伸③:インスピレーションを受けたあとの私の変化
「自分の感情を感じる視点を選べる」
ーーー落ち込んだり、悲しんだりするのをストップすることを選びやすくなった。
って、いいましたが・・・
全然、問題の中にいます。
全然、良くない。
落ち込んだり、不安になったり、怒ったりする回数も変わりません。
でも、そのネガティブな時間が減りました。
ーーーネガティブな感情を選んで体験しなくてもいい。それが許されているんだ。
こう思うことができるからです。
※それでも、きっと他の人よりネガティブになる回数がきっと多い・・・と思うんだけど。
あと、ジタバタするのがつかれました。
もうどうしようもないので、いい意味でも悪い意味でも諦めてきてます。
いい意味で「諦める」ことも、風の時代の波に乗る方法なのかもしれません。残念ですが・・・。
以上です。
以上、自分を表現することが超苦手&超スピリチュアル系能力が激弱な私が記事を書きました。
個人の備忘録と感情整理のためです。
すごいスピリチュアル能力の高い友人にゼウ氏の話を聞こうと思ったですが、聞けず・・・
そして友人にはゼウ氏とか、風の時代のことはあんまり届いてなさそう。
「不安を感じてスピリチュアルなこと言ってんじゃなく、今の自分の幸せを幸せにしろ」と怒られます。
あ、松任谷由実の「ブリザード」も、最近聴こえてきます
あ、そうだ。松任谷由実の「ブリザード」も、最近聴こえてきます。
これは気のせいかも。。。。
それか、風の時代を運ぶパワーが「俺はいくぜ!やったるぜ!お前らの元にいくからな!」という主張かも。
パラリラパラリラと走る暴走族のような自己主張かも。
・・・うーん。やっぱり気のせいかな。
理由が分かる人はヒントください。
▼追記しました。
追記④マツコの知らない世界で松任谷由実さんはシャーマン系に分類されてました
マツコの知らない世界で松任谷由実さんの音楽は「シャーマン系」に分類されてました。なるほど、納得です(笑