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八月十三日:高速船トッピー乗り場|Free!

今日の予定
・朝早くに港に行って高速船トッピーのキャンセル待ち台風に閉じるじ込められる前に島を出る

四時四十五分ごろ

 我々が七月に申し込んだ高速船トッピーのチケットは八月十三日の十六時屋久島発十八時鹿児島着。ところが台風が今日明日にも屋久島に上陸するというタイミングが重なってしまった。遅くなればなるほど船は出ない。できるだけ早く出る船に乗れるようキャンセル待ちするために「高速船チケット窓口」に向かう。荷物をまとめて忘れ物なんかを確認していると突然誰かがノック。「ペンションスカイビュー」のおじさんだった。五時にフロント集合って言ってたのに。さてはあのおじさん、気が短いタイプだな。
 宿をチェックアウト。
 おじさんの車に乗って便乗させてもらった他の人を待つ。来たのは若い男子三人組。みんな大きなキャリーバッグを持っている。本気の登山客っぽい。来るまで知らなかったけど、この島には九州で一番高い「宮之浦岳」を始め人気の登山スポットがたくさんあるらしい。そこに行って来たのかな?大きな荷物をおじさんの車に積み込み宮之浦港の「高速船チケット窓口」へ。

五時三十分前

 薄暗い中、窓口の前にはすでに女性と男性が一人ずつ待っている。一緒に来た三人組の後に続いて待つ。スマホの電源が心もとないのでカバンのMacBookAirからUSBを伸ばし充電。ノートパソコンがスマホのモバイルバッテリー代わり。次に背の高い(インド系?)外国の人が現れる。所在無く入口の前で待つ人々。
 室内の明かりがついたのは六時頃だろうか。徐々に人が集まり列になって来た。とりあえず待つしかない。
 もし、今日トッピーが出なければ、今夜の航空券が無駄になってしまう。保険に入っているので、鹿児島発の飛行機が欠航すれば払い戻しはできそうだけど、格安航空券なので時間変更や払い戻しはできず。まさか、何ということ。四万うん千円が無駄に。そして、いつになるかわからないけど、鹿児島に着いたらまた新たに東京までの航空券を買わなくてはいけない。ブタくんがスマホを使いたがったけど欠航になった時に色々調べなくちゃいけないので、今は我慢してもらった。

七時前
 扉が開く。中に入ってトッピーの人に聞くが要領を得ず。七時の船は出ないらしい。とりあえず窓口で待って様子見。今日出航する船に乗りたいのだけど、それを保証してくれるのはキャンセル待ち券。そのために早くから来たのに、どうやったらいつどこで手に入るんだキャンセル待ちの権利。待合室から海を見てるぶんには、多少曇りというようなもんで嵐!という感じはしない。それなのに船は出ない。ジリジリとする。船が出ないと、宿代と飛行機代合わせてもう一回屋久島に来れるくらいかかってしまう。待合室でブタくんが聞き盗んだ情報によるとトッピーは波が四メートルくらいはいけるらしい。車なんかも積めるようなフェリーは二メートルくらいでもう出られないらしい。二メートルと四メートルの波の差はわからなけど、岸から離れたら海ってどうなってるんだろう。映画の「パイレーツ・オブ・カリビアン」では四メートルくらいの波は当たり前のような雰囲気もある。待合室のテレビでも終始台風情報。波の情報も出てるが二~六メートルみたいな表記。手持ちの情報がことごとく事態を好転させない。全くイライラする。飛行機の情報も調べるが確かな情報は得られず。今から手分けして空港に向かう案も出るがこのタイミングでタクシーに乗って二十分もかかる場所に別れるのも不安。それにタクシーを呼んでもちゃんと来るとは限らないし、似た状況の人はたくさんいるだろう。何もかもが混みあう状況で、そう都合よく事が進むとも思えない。テレビのニュースでは台風は小笠原諸島あたりまで来ている。天気図で見るとまだまだ遠いように思うけど、今回の台風十号は進む速度は遅いけどサイズがでかいらしい。気象現象だし何がどこまで影響があるのかわからない。
 スマホを充電しながら待つ。

八時三十分ころ

 「今日の便は全便欠航です」のお知らせ。
 ワオ。
 ということは今日は島から出られない。
 もしかしたら明日も。
 よく考えると台風はむしろこれから近づいて来る。今日がダメなら明日十四日は一日船は出ないだろう。窓口で聞いてトッピーのチケットを明後日十五日の便に変えてもらう。色々な予定が全て崩れてしまった。ブタくんの顔から血の気が引いて真っ青になり覚醒。何をどうしてもなんともならない状況だということを理解したみたい。突然先々のことを考え出す。ここにきてブタくんの持ってきたモバイルWi-Fiの株が急騰し始める。iPadとMacbookで他の交通手段を調べまくる。と言っても飛行機以外ではフェリーか高速船しか島を出る手段はない。全ては台風次第で頑張ってどうにかなるようなものではない。いろいろ調べて、この先の見込みやスケジュールを整理。ブタくんは仕事のお客さんにスケジュール変更の連絡を始める。それが終わるとすかさず今日の宿を探し始めた。どこがいいかと聞かれたので、「せっかくなら島の反対側に宿を取れば島の他の場所も観光できるのでは?もしくは温泉のある宿とか」と提案。ブタくんはiPadで調べて昨日までとは別の宿を探して来た。「もし後何日か滞在するなら施設の充実している方がいいのでは?」とのこと。宿には何も希望はないのでブタくん案で決定。

九時

 できることはやってしまった。まずは朝ごはんを食べたいが、食べれるお店を探せない。とりあえず涼しい所を探してこの辺のお店が開くまで待つことに。涼しそうなのは港の近くにある「屋久島環境文化村センター」。コインロッカーもあるし他に当てもないのでそこへ。荷物を預けて、ついでと言っちゃなんだけど時間はあるので誰も見ている様子のない屋久島の自然をテーマした映画を見る。IMAX級の巨大スクリーン。島の自然や動植物を写した映像とナレーション。イメージビデオのようなものだろうか。
 「自然は大事」みたいなふわっとしたメッセージ。同じ施設にある展示も見る。入ってみるといわゆる自然博物館のような展示でおもしろい。島の材質、動植物、歴史、文化が順に展示されている。その展示によると、屋久島は地下でマントルに流れ込んで固まった溶岩の塊らしい。地中で冷えて花崗岩になった岩の塊が徐々に地上へ浮き上がり、完全に地表に露出して島になったという事。地中の岩浮島ってこと?マジか?「地獄にある浮遊城が地上に姿を現した!」みたいなイメージ。

 ここ数日山の中を歩きながら考えていたある仮説。「自然に触れ合えるレジャー」と言われたら気持ち良さそうなイメージだけど、実際に行くと大量の蚊やブヨにうんざりしたりする。でもよく考えたらこの島にはそれがない。山の中でもそうだけど、害虫というか虫そのものをあんまり見かけない、なぜならば......「地面の水はけがよく、水たまりができずらく、水たまりがないので水に住む虫が繁殖しずらく、水に住む虫を餌にする虫も少なく、それを捕食する鳥も見かけない」からではないだろうかという仮説。湿度が低いのも虫がいないのも地面の水はけの良さが原因。なぜ水はけが良いかというと「地面が青木ヶ原みたいに溶岩でできた軽石みたいにスカスカ」だからではないだろうか。地面がまだ水を溜めるほど密度のある土になっていない。土がないのは、屋久杉が地面に根を張れず倒れた屋久杉の上に成長する事例からも証明できると思う。だとすると、屋久島は、火山のあるもしくは火山のあった島でなければならない。だけど、そうなると当然あるはずの火山の記録がない。温泉もあるにはあるがそれほど売りではない。「この島が火山活動で出来た土壌だったら、湿気が低く虫があまりいないことの説明がつくのに、火山の痕跡がないならこの仮説は間違いだ」と思っていた。けどまさか、島が丸々溶岩の固まったものだったとは。ここまで遠いところに来るとやはり面白い物がたくさん見れて刺激的。展示によるとすぐ隣の口永良部島は火山でできた島らしく温泉も多いとか。
 ちなみに、この島ではあまり畑を見かけない。産業の歴史は漁業と林業の記録ばかりで、農作物の話を全然聞かない。野菜や穀物はどうやって手に入れていたんだろう。

十一時

 「屋久島環境文化村センター」の近くにある「屋久島観光センター」が開いてるはずなので行ってみる。ここはまだ来てなかった。一階が土産物屋で二階にレストランがある。ちょうどいいのでここでご飯。ブタくんは「鹿のかつ」定食。自分は「トビウオの姿揚げ」定食。うまい。食べ応えのある白身魚。羽も骨もボリボリ食べる。
 ブタくんの予約した宿のチェックイン時間まで写真を撮りながら周囲を散歩。川沿いに歩いて途中にあった「屋久島町歴史民俗資料館」へ。入館料は百十円。島にいる鳥の剥製や昔の暮らしについての資料が展示されている。
 古文書として当時の住民による幕府への報告書というのが四つあってどれも面白かった。「自分の家の火事は俺の嫁が炊事の時の不注意が原因でした。以上が報告です。家の不始末は家主である俺の不始末。処分は受けるのでご沙汰をお待ちします」という内容の報告書が現代語訳されている。他には、当時全国を測量していた間宮林蔵たちが屋久島に来る。それを手伝うために村から提供する宿や人足のリスト。内容も細かいし、偉い人が来るっていう村の興奮、誰が何をどれだけ用意したって言う有力者の面子合戦などが垣間見えて面白い。結局間宮林蔵たちは別の場所に滞在したらしく、その村に来なかったという後日談も良い。後は「年貢の代わりに受けとっている屋久杉の材木だけど、最近無届けで横流ししている奴らがいるらしいから気をつけて」と言うものとか。薩摩藩に提出した報告書らしいけど、どれも紙として残ってて当時の様子が伝わってきて良い。ブタくんは島に伝わる民謡を録音したデータをずっと聴いている。そこには何と「まつばんだ」と言う民謡が。意外な事実が襲い来る。「まつばんだ交通は、タクシー業のマツダさんとバス業のバンダさんが一緒に立ち上げた会社である」という一番有力だったブタくん説が崩壊。歌のデータは長いのでブタくんが飽きるまでベンチで待ってたらちょっと寝た。他には屋久杉と通常の杉の断面を並べて年輪を比較する展示があった。屋久杉の年輪は間が狭く、形もいびつ。と言うことは他の地域と比べると少しづつしか大きくなれない。と言うことは土壌の栄養が少ない。けれど水と日光はあるので育たないことはない。と言うことだろうか。

十四時三十分

 資料館を出た頃にはチェックインの時間まで後三十分くらい。予約した宿「田代別館」が「屋久島町歴史民俗資料館」の近くだったので、電話で荷物を置いてもらえるか聞いてみる。大丈夫と言うことなのでリュックを預かってもらう。行ってみると見覚えが。ここは「白谷雲水峡」からの帰りに降りたバス停だった。「Aコープ」の近く。ブタくんが煙草休憩している間にあたりを散策したり写真を撮ったり。今夜は台風も来るので観光はせずのんびりすることに決めて、近くの「Aコープ」にビールを買いに出かける。
 「田代別館」のバス停に登山ウェアを着込んだ人が何かを待っている。台風も来てるのに今から何処へ?近くの民家では台風の準備をしている人がちらほら。庭に出ているものを片付けたり、駐車場の門を針金で縛ったりしている。民家の多いところを歩いて、この島に着いた時の違和感の理由が少しわかった。台風が来ると風で全てが飛んで行ってしまう。看板とか鉢植えとか。なので飛ばされるようなものはそもそも外に置いてない。生活感に乏しくて寂れてる感じもするけど、妙に綺麗で清潔な感じがするのはこういうことだろう。
 「Aコープ」。ブタくんは手早く買い物を済ませて先に「田代別館」へ。今夜に備えてビールなんかをゆっくりとお買い物。そろそろ「Aコープ」のポイントカードを作るべきだろう。「田代別館」に帰るとロビーにブタくん。宿のカウンターを通る時夕食の時間を聞かれたので二十時にする。ブタくんがなんだか嬉しそうと思ったら、部屋がいわゆる旅館なのが珍しいらしい。畳敷きで床の間もあるし、旅館独特の二畳くらいの椅子とテーブルのある小さいスペースもある。窓からは川が見える。遠くには山。お茶うけにはよもぎセンベエ。ちょっと苦甘じょっぱい大人の味。ブタくんが気に入ってた。ようやくリュックをおろし荷物整理。レインウェアをハンガーにかけて干す。もう登山はないので山登りグッツを別にまとめる。洗濯機で洗えるものは洗濯機へ。この後いつ帰れるかわからないのでズボンやアンダーウェアは極力洗濯。
 ブタくんはお仕事各方面ヘスケジュール変更の連絡。連絡がつくたびに笑顔が増えてくる。「意外とみんなわかってくれた」とのこと。仕事先に迷惑をかけるのを気にしていたらしい。なるほど。
 よく考えてみると「お盆期間とは言え突然これだけのスケジュール変更があっても、迷惑をかける相手が誰もいない中年男性」の方がよっぽど気が重くなっていい気がする。

十九時

 この宿は宿泊者が使える洗濯機も大きな浴場もある。だからここに決めそうだ。部屋が和室で広いのも助かるし、確かにここはナイスチョイスかも。
 洗濯コーナーから洗濯物を持ち帰り早速お風呂へ。お風呂には誰もいない。湯船に浸かる。深いため息。数日分の疲れが落ちる。帰りは食堂の前を通るのだけど、部屋ごとにテーブルが用意されていて給仕さんが忙しそう。もう食べ始めている人も多い。試しに給仕さんに「伝えていた時間よりも早くても大丈夫なのですか?」と聞くと「あらそうですか」と言いながら何処かへ行ってしまった。「そうですか」ってどうゆうことだろう。大丈夫なのか大丈夫じゃないのか。早く食べ終われば早く片付けれるかと思って聞いたのだけど、どうすればいいのだろう。部屋に戻ると天気予報に夢中のブタくん。ご飯行く?と聞くも「八時からだよ」と返される。そうなんだけどどうしよう。という間に八時ちょっと前に。食堂へ行くと給仕さんが戸惑っている。さっき声かけた時にご飯の準備をしたもののなかなか現れなくて困っていた様子。御免なさい。

二十時

 夕飯。上海蟹みたいな蟹とさつま揚げとお鍋、焼き魚にお刺身と豪華で美味しいご飯。蟹グラタンとかはない。どれも旨い。この宿は正解だ。思いがけず地元の美味しいものが味わえた。
 食事の用意してくれた人は気さくに話しかけてくれる。台風の時は外に出ると何が飛んで来るかわからないのでうろうろしてちゃ危ないと教えてもらう。
 ブタくんは本場の台風に若干のイベント性を感じているのか妙にテンションが上がっている。食後は部屋に戻って今後の作戦を練る。

二十一時

 明日はおそらく一日身動きできないだろう。動くとしたら十五日。十五日のトッピーの最終便十六時発のチケットはある。その船が出た場合、鹿児島から東京へ向かう足を確保しなくちゃいけない。のウェブサイトで確認すると鹿児島東京便は見る間に席が埋まりつつある。十六日の航空チケットを取らないと今度は鹿児島から帰るのが遅れてしまう。まだ席のある夕方の東京便を確保。天気予報や屋久島と鹿児島の空港のウェブサイト、各航空会社のウェブサイト、トッピーのウェブサイト、屋久島の情報サイト、twitter、あちこちで情報を探してみるが、今やれることはそんなにない。気が焦って何かしていないと落ち着かないが、よく考えると全ては台風次第。台風は近づいて来ている。テレビとお天気ニュースのウェブサイトで台風十号を見守る。見守る。見守る。けど、状況はそんなにすぐには変わらない。気づけばイライラしてしまう。まずは落ち着いて整理と片付け。
 ビールを飲みながら時々窓から台風を観察。川の増水などはない。

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