仏教ってなに? 基礎編ー8 (蛇足な解説)ー飛ばしても可ー
三転十二行相
釈尊は先の4つの真理(四諦)を説かれる際に、3段階に分けて、実践的に説かれたそうです。その3段階というのは
1. なるほどそうだったんだ!と納得する段階
2. 実際にやってみるか!と自分でやってみる段階
3. 確かにそうだった!と自分で実体験として確認する段階
というもので、4つの真理を3段階で説いたことから4x3=三転十二行相と言われています。
このようにして釈尊は5人の友人に対して、実践指導もしながら、3ヶ月にわたって教えを説いたとされています。
五蘊無我
その後、一区切りついたところで、少し場所を移動して、今度はいよいよあの有名な無我の教えを説いたとされています。このときに釈尊が説かれたのは五蘊無我と言われるものです。五蘊といえば、今やモモクロの歌で有名ですが、そもそも何故モモクロが五蘊の歌を歌うのかも謎ですが、実はこの五蘊という言葉そのものも結構謎の多い言葉だと言えます。
伝統的には、五蘊というのは人間存在を構成する5つの要素であるとされています。
その5つというのは、色、受、想、行、識、の5つであるとされています。
蘊とは積み重ねられたものとか集合体などいう意味で、5つそれぞれに以下のような意味で解釈されるのが一般的です。
色蘊(しきうん、rūpa) - 人間の肉体(及びそれが触れる物質的世界)
受蘊(じゅうん、vedanā) - 感受作用
想蘊(そううん、saṃjñā) - 概念化作用
行蘊(ぎょううん、saṃskāra) - 形成作用
識蘊(しきうん、vijñāna) - 識別作用
実際に、この通りの趣旨と順番で釈尊が説かれたのかどうかは不明です。確かなことは釈尊の死後に弟子たちが釈尊の教えを分類整理していく中で上記のような順番と解釈が確立されていったことは確かですし、その順番も実際の瞑想の際の段階として重視されてきたことも確かです。
釈尊はこの5つの要素のいずれも「自分ではない」ことを自覚するように説かれました。この五つの要素のいずれも我では無い。つまり「五蘊の中に我は無い」「五蘊は我に非ず」ということを五蘊無我または五蘊非我という訳ですが、この無我か非我かという言い回しの違いは実は大きな違いを示唆する仏教学上での大問題の種を孕んでいるのです。この件について、そのうち詳しくご説明致しますので、ここでは取り敢えず保留にしておきます。
それよりも、既にお気づきの方も居られるかもしれませんが、この五蘊の色・受・想・行・識の五つの要素は、先の十二因縁の所でご説明した、十二の段階を表す言葉(無明・行・識・名色・六処・触・受・愛・取・有・生・老死)に重なるものが殆どです。唯一、対応しないのは「想」ということばです。この言葉は漢訳で「想」と訳されましたが、元の言葉はサンスクリットでsaṃjñāということばです。このsaṃjñāの言う言葉は仏教の伝統の中では「概念化作用」などと訳されてきましたが、saṃjñāというサンスクリットの言葉の本来の第一義的な意味は「名称」ということです。このsaṃjñāという言葉を本来の第一義的な意味の通りに「名」と漢訳すれば、十二因縁の要素である行・識・名/色・受と完全に対応することになります。つまり、十二因縁の中でのnāma-rūpa(名色)という要素がnāma名とrūpa色に分けられ、しかも、nāma名という言葉がsaṃjñā名称という言葉に置き換えられた所から対応関係が不明確になってしまったものと思われます。
そもそも先に十二因縁を説かれた釈尊が、それから間もない時期に、その十二因縁の内容とは全く関係の無いものとして、急に人間存在を構成する五つの要素をわざわざ十二因縁の要素と殆ど同じ言葉を使って説明したとは考えられません。そんな紛らわしい説き方をするわけもないし、普通に考えれば、先に説いた生きものが生じる過程である十二の段階のどの要素も「それが自分である」と言えるものは何一つ無いと釈尊は説かれたと考える方が自然だと思います。
ただ、十二段階の(無明・行・識・名色・六処・触・受・愛・取・有・生・老死)の内、有(個体化)を経て「生」つまり、現実に生まれた一人の人間として、自分が生じるに至った過程を瞑想を通じて振り返っていく際には、先ずは自分の肉体である「色」から始めるのが分かり易かったのかも知れません。その後に「受」の感触を味わう又は認知している自分を感じ、それが自分ではないことを確認し、その後に「名」つまり、自分の中での名称付け、概念化作用を確認し、それが自分でないことを確認し、その後に「識」つまり、自分の中の識別作用を確認し、それが自分でないことを確認し、その後に「行」つまり(自他分離の妄想によって世界を構想する)「働き」を確認し、それが自分でないことを確認する。
このように、本来は十二因縁の要素の内の五つの主要なものを取り上げて、そのいずれもが自分ではないということを釈尊は伝えようとしたのかもしれませんが、その後、五蘊は人間の構成要素であり、そのどれもが自分ではないことを確認するための瞑想法が後世まで伝えられていく中で、瞑想の際の順番や解釈などによって、後世になって確立された五蘊の要素の名称・解釈・順番と、本来の十二因縁の要素の順番や名称とに誤差が生じてしまい、結果的に、十二因縁と五蘊との対応関係が不明確になってしまったのかもしれません。
伝統的には、五蘊は十二因縁の中の名色を詳しく分類したものである等の解釈もありますが、先程も述べましたように、十二因縁を説いて間もない時期に、突然唐突に人間の構成要素として新たに五つの要素を、十二因縁の要素と殆ど同じ名称を使って説明したとは思えません。
いずれにしても、古来、この十二因縁と五蘊との対応関係は諸説紛々でしたが、基本的には対応していないというのが大方の見方でした。
しかし、上記のように考えれば、対応しているのはほぼ明らかだと思われますし、逆に対応していないと考えるほうに無理があると思われます。
話がだいぶ横道にそれてしまいましたが、五蘊無我つまり「五つの要素はどれも自分では無い」という釈尊の教えは「これが自分だ、などというものはどこにも無い」という意味にも取れますし「本当の自分とはそのようなものではない」という二つの意味に解釈できます。この微妙な解釈の違いは、あとあと大きな解釈の違いとして現れてきます。先にも触れましたように、この点については後々ご説明することに致します。
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