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山口純子さんに聞く、バスクと美食の話
各界で活躍する方々に「これからの美しい食」を聞くシリーズ。今回は、バスクの食を案内させたらこの人!美食倶楽部の本場バスク地方のサンセバスチャンに長く住み、市からの栄誉市民賞候補にもなった山口純子さんに、バスクの食文化や本場バスクの美食倶楽部についてお聞きしました。
【プロフィール】山口純子/『バスク美食倶楽部』主宰。1995年からスペイン在住。スペインや日本での料理学会の通訳、テレビ雑誌のコーディネートに携わる一方、美食倶楽部でのバスク料理教室やバルめぐりなどをプロデュース。新潟市×ビルバオ美食協定のプロデュース等にも携わる。2016年サン・セバスティアン栄誉市民賞候補。共著に『スペイン美・食の旅:バスク・ナバーラ』。現地では「ジュネ」の相性で親しまれている。
「食卓」が街中にある
本間:今日はよろしくお願いいたします。初めてお会いしたのは5年前。高城剛さんの『人口18万人の街がなぜ美食世界一になれたのか』のコーディネーターのクレジットからお名前をみつけ、検索して突然メールしたのがきっかけでした。覚えてますか?
純子さん(以下ジュネ):え!そんな前でしたっけ?たしかAratzに行って…。
本間:そうです、オーセンティックな雰囲気のお店で初のチュレタ(熟成肉の骨つきステーキ)、忘れられない体験でした。その節は意味不明に突撃してきたヒゲを相手してくださりありがとうございました。
(名店Aratzにて。左がジュネさん、シェフもご紹介いただいて。)
さて今日は、僕も日本でチャレンジしている美食倶楽部を生み出したバスク人、もしくはバスクの食文化、みたいなところを是非おうかがいさせてください。
ずばり、「これぞバスク!」と感じるものって、純子さんにとって何でしょうか?
ジュネ:そうですね…、やっぱりバールでしょうか。みんなバールを「自分の家の延長」として使っていて、ホントここの生活に欠かせないものになっていると思います。サンセバスチャンの人は収入の13%を外食に使ってるって統計もあるんですが、それはレストランだけじゃなくてバールの影響がとても大きい。
本間:たしかに。街だけでなく村もバールがたくさんあって、どこも人が集まってますよね。
ジュネ:会う場所も人によって決まってるんですよ。ホセさんとはあの店、といった感じです。飲むものは時間によって決まっています。猫と一緒ですね(笑)。
質問に戻ると、「とてもバスクなもの」は、食卓、テーブルだと思います。ご飯は家で食べるのが基本なんですが、街中に食卓、自分の居場所を持ってるんです、バスク人は。打ち合わせとかで人と会うのもバールやレストランで、集まってご飯を食べないことはない。「なにメシで集まる系?」みたいな(笑)。20時にアポイントがあったら言わなくてもディナーという暗黙の了解があります。
バスク人の食生活
本間:面白いですね。お話に出ている「猫のような習慣」的なもの、もう少しうかがいたいんですが、こっちの人ってどんな食生活をしてるんですか?
ジュネ:だいたい9時から会社が始まります。で、ほんと非効率的ですが、出社してすぐコーヒー飲みに行くんです。週末どうだった?みたいな話をして。
本間:事務所の机でじゃなくてカフェで?
ジュネ:はい。で、割り勘をしないで誰かが払います。その次のブレークは、11時くらいに。スペインの法律では1日2回20分の休憩をとらなくてはいけないことになっていて、朝ごはんを食べない人も多いので11時くらいにピンチョスを食べるんです。
本間:それがあの「アマイケタコ」文化!?
ジュネ:そうです。そして、時間によって変わると言いましたけど、飲むものは12時半を過ぎるとアルコールになっていきます。ちなみにわたしはシードル(りんごの発泡酒)が好きで、アルコール飲料と思ってません。それか、キリストの血ですね(目の前にある赤ワイングラスを指差す)。
チャコリ(バスクの白ワイン)はチャコリマジックって言葉もあるんですが、ハッピーになる飲みもの。飲みやすくてグビグビいっちゃうのでちょっと危険ですね。赤ワインと飲み方が違います。
美食倶楽部の女人禁制は正しい??
本間:本場の美食倶楽部についても教えてください。先ほどバールが「家の食卓の延長」という話がありましたが、美食倶楽部もまさにそれですよね?
ジュネ:そうなんですけど、美食倶楽部は特にサンセバスチャンでは誰でも持ってるものではなくて、会員になってるのは一部の人です。バールに比べてもっとプライベートな場所という感じですね。
本間:よく「女人禁制」の話が出ますが、純子さんも会員だしそれは今の昔の話なんでしょうか?
ジュネ:随分ゆるく変わってきてますね。でも、女性がいる美食倶楽部はキツいなあと感じること多いから、男性だけで楽しむのがいいと思ったりもします。レタスを洗おうとした瞬間、おばさんが来て洗う場所と捨てる場所を指定される、みたいなこと、よくあるんですよ。バスクの女性は強いから。
本間:バスクは女性主権って話、とてもよく聞きます。
ジュネ:お皿の洗い方とか甘いと怒られるとかも。あとでクリーニングする人が友達だったりするんですよ(笑)。せっかくの食卓、細かくうるさく言われたくないって思う男性は多いし、女人禁制はある意味理にかなっていたのかもれませんね。
本間:たしかに僕が行った美食倶楽部も、彼女や奥さんが外で飲んで待ってたりはするけど、キッチンの中に女性がいることはなかったですね。
ジュネ:言わなくても分かる。暗黙の了解、黄金律っていうのがバスクの美食倶楽部の基本なんです。美食倶楽部で、「鍋はそこにあるから」「あ、焦げてるよ」とかいちいち言われませんよね?女性は親切にいろいろ教えてくれる人も多いと思いますけど、そういうところも男性的なのかもしれません。
本間:なるほどです。ではバールと美食倶楽部の使われ方の違いってどんなところにありますか?
ジュネ:まず、バールは滞在時間が短いのに対して美食倶楽部は長い時間楽しめます。それと、バールはオーナーが他にいますが、美食倶楽部は自分がオーナーで自分の責任でやる。だから変に酔っ払ったりもしません。最後に自己申告で会計もしなきゃいけないし。
そして、他の会員とシェアしてる訳だから、まわりへのリスペクトがあります。その場に呼ぶ人のお行儀も会員がコントロールするのもそうだし、お皿をキレイにまとめておくとか、キチンと会計は残すとか、配慮をして使っています。
本間:まさに!消費的なお客様意識じゃなくて、「誇りとオーナーシップ」を感じてそこが日本でもやってみたいと思ったところなんです。
世界中の人を虜にしてるのはライフスタイル
本間:話は少し変わりますが、多くの日本人が純子さんを訪ねてこの街に来ますよね。みなさんには何を見てもらってる、持ち帰ってもらってるんですか?
ジュネ:なぜ、この世界遺産もなくミュージアムもないところに人が集まるのか。それはサンセバスチャンのライフスタイルです。そこにキレイな海があって、雨が降ってるけど文句も言わず耐えて、晴れたら笑顔になって散歩をして。「自分の持っているものに幸せを感じられる」人たち。
そんな、ゆっくりしたライフスタイルを味わいに人々は来ている。リピーターもほんと多くて、来週くる人はもう7回目で、そんな人も多いんです。
本間:ライフスタイルに世界中から人が集まる、いいですね。
ジュネ:市の観光戦略でもそのライフスタイルを守る方に向かってます。大金持ちを集めて喜ばせるのではなく、自分たちの文化や生活をリスペクトしてくれる、自分たちと同じような人にきてもらう。サンセバスチャンって買うもの無いんですよ。もうホント、まったくない。でもそれも含めてきて喜んでくれる人を街として歓迎してるんです。
本間:そんなサンセバスチャンに、まっさらな人が初めて訪れるとして、この街でまず何をするように言いますか?
ジュネ:ラコンチャ湾を歩く、ですね、やっぱり。おかしいなと思いません?歩道よりも浜辺を歩いてる人の方が多いんですよ?湘南でもハワイでもそんなところなくないですか?浜辺を歩いて「わー元気ー?」とかあちこちやってる。浜辺を歩いてるのはローカルで、階段を登った上の歩道にいるのが観光客、みたいな構図です。
本間:たしかに、ラコンチャ沿いは30分でも1時間でも苦なく毎日歩けちゃいますね。では食にフォーカスしたらどうですか?これを食べるべし、とかありますか?
ジュネ:まずは、あなたのお財布の中身を確認してと言いますね。たくさんあるなら、炭火焼き屋さんでしょうか。日本は3000円で美味しいもの食べられるけど、ここでは普通に2万円かかっちゃう。郷土料理だからといって安いわけじゃないんです。
鯛1尾100€とか、エーーってなるときはありますけど、食に関しては逆に日本は安過ぎると思います。農家さんとかにしわ寄せ行ってるし、自分の首を絞めてるんじゃないでしょうか。
本間:それは強く同感です。。。ちなみに、お金をあまり使いたくなかったらどうでしょうか?
ジュネ:どこかのバールでトルテージャデパタタ(ジャガイモのスペイン風オムレツ)ですね。だって美味しいじゃないですか!安いから悪いわけじゃない、それぞれの楽しみ方がありますから。この店(取材で訪れたAggoregiという小さいお店)のピンチョスも、数ユーロでこんなもの食べられるの?みたいな素晴らしいものが沢山ある。ロンドンやパリで10€しかなかったら寂しい思いをしちゃうけど、この街はいろんなオプションがあるのがいいと思います。
山口純子さんの考える「美しい食」とは?
本間:純子さんは、バスクの何が一番好きですか?
ジュネ:1日中好きなものを食べて飲んでしてても、誰もなにも言わないところですね。みんなと違おうがなんだろうが、誰も文句言わない。ひとり1人が独立した個としてリスペクトされている。でも、そのわりには協調性があるのがバスク人だから、絶妙なんですよね。
本間:独立性と協調性、面白いですね。
ジュネ:歴史的に、みんなで同じ方向にまとまったほうが良いと気づいてきたんですよねバスクの人たちは。共同作業が必須の捕鯨漁もそうだし(人類の捕鯨の起源はバスク人と言われている)、農村におけるカセリオやアウソラン(共同作業のしくみや場所)もそう。自分の仕事は自分の仕事としてしつつ、みんなで集まってやることも仕組みとして持っていた。たとえば家を建て直すとして、大きな樫の木を持ち上げるのはみんなでやろうとか。そういう血が今も流れていると感じます。
本間:では最後に、純子さんの考える「美食」そして「美しい食」について、教えてください。
美食とは、文化である
ジュネ:人間と他の動物の違いは、食べることの意味の違いにあると確信しています。食べることがお腹を満たす「feed」という行為ではなく、食べることで幸せになる、もしくは幸せにする。「enjoy」という感じでしょうか。幸せをつくる食こそ「美しい食」と言えるのではないでしょうか。
本間:そして、いまや世界の美食キャピタルとなったバスクは、まさに「人を幸せにする」という食が文化として根付いているからこそ、この結果となっている、と。
ジュネ:そうですね。食べることで幸せになることが理解されたんだと思います、世界に。もちろん、ついこないだまで人類は飢えと戦っていたし、今でもおなかをいっぱいにできない人が世界にいますが。
バスク人は食を基軸に、幸せを構築している気がします。たとえば、日本やアメリカは物質文化で、どのくらいお金を持っているかとか何かを買えるかで幸せをはかる傾向がありと思います。それに対して、バスクの人は食べるという行為で、楽しい時間を持つことに幸せの意味を見い出しています。食を楽しむだけではなく、その時間を楽しんでいるんです。誰かと一緒に。だから日本で流行ってるおひとり様は、いくら美味しいものでも、美食とは言わないと思います。私的には。
本間:美食のど真ん中からの言葉、しみいります。ありがとうございました!