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目黒の星付きイタリアンのオーナーシェフは、サイゼリヤでバイトしながら2億年先の地球を思う。

※8/26追記。この記事が超大幅増強で本になりました!嬉しい!!

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さまざまな分野で活躍する方々に、「これからの美しい食」をうかがうシリーズ。今回は、目黒のイタリアン『L`asse(ラッセ)』の村山太一さんです。

イタリアで最長の27年間にわたり三つ星を守っている名店『Dal Pescatore(ダル・ペスカトーレ)』でスーシェフにまで登り詰め、帰国後にオープンした『ラッセ』は9年連続でミシュランガイド一つ星を獲得

と聞くとなんともガストロノミー♪な響きの村山さん。しかし、なんとサイゼリヤで数年前からバイトを続けていて、美食について聞けば数億年スケールの哲学が広がるという。。。

そんな広すぎる振れ幅が痛快な村山さんに聞く、外食産業の未来そして「美しい食」の哲学です。お楽しみください。

星付きシェフがなぜサイゼリヤに??

本間:今日はよろしくお願いします。ゆっくりお話するのは淡路島で船に一緒に乗って以来、ですかね?

村山さん(以下:村山):その節はありがとうございました。ポケマルさんのお陰でよい魚を仕入れさせてもらってます。(注:本間の前職『ポケットマルシェ』の漁師さんをご紹介したご縁がありました)

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本間:こちらこそ、嬉しいです。さて今日は色々おうかがいしたいんですが、まずサイゼリヤについて教えてください。結構長いことバイトされてますよね!?

村山:もう2年以上。一番下っぱです。正月の三が日すべて入った年もありますよ。

本間:イチから教えてください。いったい、なんでなんですか??

村山:サイゼリヤは売上規模で1600億円。昔働いていた良品計画は4000億円の企業です。売上の絶対値だけでなく、従業員ひとりあたりの売上も利益も僕ら「街場のレストラン」よりはるかに上です。規模は違いますが、こうしたビジネスから学ばないと僕らに「先はない」と思ってるんです。絶対に。

本間:街場のレストランには先がないとは、どういうことですか?まさか星を取り続けてるラッセも??

村山:はい、100%このままではラッセもつぶれます。それか、僕1人だけで細々と続ける縮小営業ですね。

なぜって、人時生産性が、低いんです街場のレストランは。生産性が低ければ当然給与水準も低くなります。サイゼリヤでは社員は26歳くらいから店長になりますが、三つ星レストランのお店の店長より給料が高いです。

本間:え!本当ですか?

村山:ガストロノミーの店舗は30席のお店に料理人が18-20人。料理長がいて、店長、副店長、サブ店長、ソムリエ、サブソムリエの6人にはある程度払うとすると、構造上難しいんです。そして、他の人はもう目もあてられない給料で働いてるのが現実です。

本間:たしか村山さんの修行時代は・・・

村山:はい、月給1.5万円、時給32円でした。そしてそこから包丁を買わされましたね(笑)

本間:サイゼリヤでは、バイトしながら生産性を学んでいる、と。

村山:はい、生産性、もうちょっというとビジネスモデルです。サイゼリヤの僕の働いてる店は1日お客さんが800人、それを料理人2人とホールはシフトで大体5.5人でまわしています。その他も、店の構造から原価から何から0.1円単位でコスト削減が考えられてるんですよ。

本間:例えばどんな感じでしょうか?

村山:いくらでもありますよ。例えばレストランは通常キッチンは総面積の1/3がセオリーですが、サイゼリヤは1/5です。それでもできるように、仕入れ業者が入る場所とスタッフの導線が完全に設計されて、かつ統一されてます。

動きが決まってるから、ミスや忘れることがない。時速5km以下では歩いちゃいけないし、下げるときに何をどっちの手で持つか、どこにどういう順番で置くかも全て決まってます。マニュアルもありますが、それより「仕組み」ですね。

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(丁寧に図解してすんごく細かく教えていただきました)

サイゼリヤ vs ガストロノミー店

本間:それは凄いですね。ただ、なんか顧客の目線からすると、そこまで合理化されるとなんか抵抗感があるというか、、、

村山:いや、例えばエスカルゴだったら、サイゼリヤがたぶん一番美味しいですよ。

本間:え!?

村山:日本で唯一生のエスカルゴだと思います。大体僕らみたいな店は水煮されたものをフランスから輸入してますが、ガチガチなんですよね。でもサイゼリヤのものは、香りがあってやわらかくて最高に美味しいんです。

なんでできるか。自身が生産者だからです。シュリンプカクテルのエビも、150gで399円のビーフ100%のハンバーグも。オーストラリアに農場があって、その隣に加工工場があって、隣に冷凍庫があって、そして飛行場。流通も自分でやってる。野菜だってギリギリまで低農薬でやっていて、ほとんどの農家さんよりはるかにお客さんの健康を考えてつくられた野菜だと思います。安かろう悪かろうじゃあ全然ありませんよ。

本間:なるほど。ただ、まだ分からないのは、サイゼリヤとラッセのようなお店は全然違うので、そういったコスト削減で逆に価値が下がったりしないのでしょうか?

村山:薄利多売チェーンとガストロノミー店。違うようですが、まったく一緒なんですよ、構造が。利益を出さないと、お店を続けることはできません。そのためには生産性を上げなくてはいけないのです。

一方で違うのは、付加価値です。サイゼリヤの付加価値は、安さ。徹底したコスト削減をして、それを値引きでに還元している。だから客がくる。

それに対して僕らの付加価値は、その時間、空間で心が豊かになること。その付加価値をつくっているのは、人です。それがすべてです。うちの店は20代のメンバーだけで星を守ってきていますが、彼らが働き続けられるだけの給料を払えるモデルをつくるために、サイゼリヤの考え方を取り入れる必要があります。

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本間:そうした考えは、まわりのシェフの方も一緒なのでしょうか?

村山:いやあ理解されないですね。でも例えば、グリストラップ(厨房排水から油や残飯そのまま流れでないようにするための装置)を掃除するのに、多くのお店では30分〜1時間を週2−3回かけてたりしますが、うちはサイゼリヤにならった方式で2日おきに3分だけです。週になおすと3時間vs9分です。

職人能力がすべての業界だからこそ、こうした一つ一つの作業を見直して生産性をあげ、メンバーが能力を磨くことに時間を使える環境を作らなくてはならない。

街場のレストランって人の動きが激しくてスタッフはあちこちのお店を移動するんです。レストランが変わっても生産性が低い形で同じ現場仕事をやっていたら、能力があがらず単に年老いていくだけです。新しいレストランはどんどんできてますが、表は現代っぽく見えてるけど、中のビジネスモデルが変わってない店がなんと多いことか。

本間:すべては人。もっと給料をあげられるようなモデルに街場のレストランも変わっていかなくてはならない、と。

村山:増やすべきは能力です。会社はそのために、時間であったりお金であったりを与えて還元しなくてはいけません。

20年後30年後、とてつもない少子高齢化社会が待ってます。飲食業界に若い子がまったく入らない社会です。youtuberが人気なのは理解できますよ、楽に稼げるから農家や料理人よりそっちがいいってなる。でも、国民全員がそれやったら国はくずれますよね?いろんな職業で、すべての人がきちんと働ける状態をつくらないといけないんです。

情熱をもった人生をどうやって続けていくのか。

本間:それにしてもラッセはお店のチームの雰囲気の良さがすごく伝わってきます。村山さんのそういう考えが根底にあるんですね。

村山:金持ちになりたいと言ってレストランに働きに来る子なんていません。自分の料理で人を感動させたい、こういうサービスで喜ばせたい、そう言って面接にきます。情熱もってる子たちが、どうやったら続けていけるのか。そこに徹するのが経営者だと思っています。

レストランは、席数と時間が決まってるから、頭打ちなんですよ。値段をあげたらお客さんはついてこれなくなります。このままのモデルで現場維持でなんとかやりくりしても、給料を上げられません。一生給料あがらないけど頑張って、なんて言われても情熱を保てませんよ。

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(取材時、すぐ後ろのテーブルで打ち合わせをしていた渡邊さん(左)と新卒1年目の新井さん。渡邊さんはまだ20代だがラッセでもう9年働いて、料理長に抜擢されている。)

本間:メンバーへの愛を感じます。

村山:愛というより、危機感ですよ、危機感。

レストランを成り立たせるには、一人当たりの売り上げをあげるファイナンスの頭と、料理やサービスの技術を向上させる・新しい驚きを与えていく頭、その両方が必要です。情熱を保ちながらその両方を彼らができるように、ちゃんと給料を払う。生産性をあげて労働時間を減らすことで、プライベートの時間も持ってもらう。仕事だけの人生じゃあ楽しくないですからね。

本間:村山さんは美術館によく行くというお話を以前うかがってよく覚えてますが、若いメンバーもそうなんですか?

村山:行けなんて言いませんけど、勝手に行ってますね。料理は一瞬で無くなる芸術ですから。

最初に料理のイメージがあり、それを手に還元して、イメージが一致してるかを食べて判断する。その何万回、何十万回の繰り返しで料理人は決まります。美味しかったよと言われる1日1日で、その料理人の人生は充実したものになる。うちのメンバーがそうなってくれたらと思ってます。

本間:そうした環境をつくることが、村山さんのミッションである、と

村山:まずこの店のビジネス構造を変える。そしてこの店に関わっていく人を幸せにする。それぞれの持っている目標にむかって歩いて行ける人生を、補助していくこと。それが僕の役割です。

村山さんの考える「美しい食」

本間:なんだか随分とビジネスのお話を長く聞いてしまいましたが、インタビューのテーマでもある「美しい食」についても聞かせてください。

「美食」と言うと「ガストロノミーレストラン」というイメージがついてきますが、「美しい食」とひらいてみたら、違うイメージが出てくると思うんです。村山さんにとっての「美食」とはなんでしょうか?

村山:ガストロノミーの語源って、おそうざいなんです。ラテン語でガストロノミーアといったら、特別なものではなくて普段から食べるもの。

それは、僕がイタリアで修行していた『ダル・ペスカトーレ』のシェフのナディア・サンディーニが教えてくれたことです。30年近くも三つ星を守ってる彼女ですが、お母さんとして、家族に対して家庭料理をつくっている感覚で料理をしているんです。それがたまたまミシュランはじめ世界中に評価された。

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(「3年間過ごしたダルペスカトーレでナディア(右)から学んだことははかり知れない」と村山さん)

だから、日本に帰ってきてガストロノミーの意識がまったく違くてすごく違和感がありました。ナディアは毎日惣菜をつくっている。裏庭でカタツムリをほじくって、茹でてお客さんに出している。その中でとことん美味しくしよう、喜んでもらおうと考えて工夫を重ねてきた。それが僕にとってのガストロノミーです。

本間:裏庭のカタツムリが、一皿何千円ものエスカルゴになるというのが、リアルですね。

村山:ダル・ペスカトーレの料理の材料は、店の畑にいる豚、羊、ヤギ、親戚の酪農家がつくっている牛乳やバターです。裏庭にいるアヒルや鴨がいて卵を生んでくれて、レストランの残飯はバケツで鳥たちの餌になる。あの店の中に循環があり、循環の中で最高の食材が最高の手料理として提供されていました。

本間:美しい、ですね。

村山:最初の問いに戻ると、僕にとってのガストロノミー=美食は「自然を慈しんで食べるその瞬間のこと」です。それは循環の中に人間がいるということであり、「循環そのもの」がガストロノミーと言ってもいいかもしれません。

人も火葬場で燃やされ、草木や虫の栄養分になります。動植物も生存競争をみんなやっていて、食べられて違うところで糞になりつながっていく。サステナブルという言葉があるけど、地球の上でぐるぐるまわってるだけ。半減期が何万年にもなる放射性物質もありますが、2億年先にはほとんど元にもどっている。

そんな世界のなかで、人間だけの欲を考えていてそれはガストロノミーなのか?そんな話をしょっちゅうナディアとしていました。

本間:そうした思想的な側面と、前半でおうかがいした生産性の側面。この両者がラッセというお店で融合してるのが興味深いです。

村山:人間もそうですが、蝿も一生懸命生きてると思いません?蝿と人間は同列なんだと本当に思うんです。でも、人間は意志を持って動くことができる点において、他の動物と違う。堕ちてくる隕石を発見してアルマゲドンみたいに回避できるかもしれない。

地球そのもののは、数億年単位の自然のサイクルで動いています。これは途方もないことだけど、いま、この時代に。このお店で、この国で、そして世界中で。みんながそれぞれ一生懸命に考えて、意志を持って行動したら、少しずつだけど地球はよくなっていくと信じてます。

この店で僕が考えてるのは、若いメンバーたちが自分で目指している人生を生きるのにどれだけ役立てるかですよ。そうした意思の積み重なりが、何億年もの先の素晴らしい未来をつくると思ってお店に立っています。

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(新しい店頭の看板とともに。村山さん、貴重なお話ありがとうございました!)

そして再掲、この記事が本になりました!


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