都市と地方の対比はもう意味がない時代。「食」がつなぐこれからのコミュニティとは|古田秘馬の「美しい食」
食の世界で活躍する人たちへのインタビュー企画。初回は、「丸の内朝大学」などユニークなプロジェクトを数多くプロデュースしてきたプロジェクトデザイナーの古田秘馬(ひま)さんです。
東京・六本木にある「Peace Kitchen TOKYO」(以下、ピースキッチン)も、彼が手がけた場所の1つ。古田さんいわく、そこは「新しい食文化を考える実験室」。どんな“実験”が行われているのでしょうか。古田さんが捉える今という時代、そして全国展開を図る「美食倶楽部」の可能性とは——。
【プロフィール】古田秘馬/東京都生まれ。慶應義塾大学中退。東京・丸の内「丸の内朝大学」などの数多くの地域プロデュース・企業ブランディングなどを手がける。農業実験レストラン「六本木農園」や、香川県で讃岐うどん文化を粉からつくる食体験型宿泊施設「UDON HOUSE」など、都市と地域、世代などをつなぐ仕組みづくりを行う。現在は、日本各地の食に関わるプロデューサーと連携した各地の地域プロデュースに関わる。
「都市と地方」という対比は、もう意味をもたない
六本木ヒルズからわずか数百メートル。コンクリートジャングルの一角に、その“実験室”はあります。看板には、小さく「Peace Kitchen TOKYO」の文字。扉を開けると、老若男女がテーブルを囲み、ワインを片手に談笑しています。テーブルの上には、おいしそうな料理がずらり。その輪に加わりたい衝動を抑えて、古田さんにインタビューさせてもらいました。
そもそも、なぜピースキッチンを始めたのか。それは、サンセバスチャンにある美食倶楽部のように、「慣れ親しんだ人たちだけが集まるクローズドな空間にすることで、どんなコミュニティができるか」という発想か生まれたそうです。
(ピースキッチンで行った美食倶楽部イベントのひとコマ)
まずは、ピースキッチンの前身である「六本木農園」のことから話しましょう。
「六本木農園」は、全国各地の若い農家が中心になって2009年に始めた農家レストランです。都会の真ん中で、地方のとっておきの食材を味わう。外には庭園があって、小さな畑で野菜を育てたり、ビニールハウスの中にテーブル席をつくって食事したり。つまり、地方のものを都市に集めることで、都市と地方をつなぐ。そういう場をつくろうというのが狙いでした。
ただ、特にここ数年で都市空間においても、地方のものや価値観が当たり前のように存在するようになってきましたよね。都市と地方の対比自体が、そもそもあまり意味をもたない時代になってきたわけです。ですから、今度はこの場所を、都市と地方の文脈ではなく、単純に新しいコミュニティの場にしようと思ったんです。
例えば、ある海辺に古びた小屋が建っているとしましょう。これは、グローバル的な不動産価値はないけど、そこに来るサーファーにとってはすごい価値があったりする。僕が考えるコミュニティの場は、まさにこれなんです。
グローバルの対義語は、何だと思いますか。一般的にはローカル(地方)ですが、僕は“コミュニティ”だと考えています。数の原理で成り立つグローバルビジネスは、地方に持ってきても市場が小さいからうまくいかない。でも、それをコミュニティに置き換えたら、どうでしょうか。サーファーに愛される海辺の小屋のように、ある一定のコミュニティでは、ものすごい価値がある。たとえ小さくても、そんな風に共通の価値観でつながる場所こそ、グローバル化が加速する時代に求められていると思うんです。
ですから、ピースキッチンは通常の飲食店でもなければ、一般向けに解放するイベントスペースでもない、まさにバスクの美食倶楽部のように、慣れ親しんだ人たちだけが集まるクローズドな空間です。1日1組限定のプライベートキッチン。そういう場所にしたら、どんなコミュニティが生まれるだろう。そんな実験的な発想から生まれました。
料理をつくる人と食べる人。「主・客」の関係がない
そうして動き出した、僕らにとっての美食倶楽部。その条件の1つとして、大切にしたがあります。それは、料理を振る舞う主人と、それを食べる客。その「主・客」の関係がないことです。
一般的なレストランは、料理をつくる人と食べる人、あるいはシェフや店員と、客。そういう「主・客」の関係にありますよね。でも、ここにはそういう関係は存在しません。参加者自らお酒を注ぎ、つまみを用意し、食器を洗う。この場所にいる全員に、居場所と出番がある。だから、一人ひとりに「みんなで楽しい場をつくり上げよう」という空気が充満するんです。
そうすると、何が起きるか。食のリテラシーが格段に向上してくるんですよね。思えば、僕らはSNSの普及によってうまい文章を書けるようになり、スマホを駆使することで写真撮影のスキルを向上させました。それと同じように、みんなでつくって食べることで、食に対する知識や関心が自然と高まってくるんですよ。
ピースキッチンでは他にも、食に関わる商品開発や新しいビジネスを考えるような企画も行っています。この美食倶楽部から、新しい食文化を創造しようと、いろんなことをトライしているんです。
(ピースキッチンのプロデューサーで料理家の比嘉康洋さんと)
「土間」文化から見えるキッチンの役割とは
では、コミュニティをつくるうえで、なぜ「食」なのか。それは、食が老若男女、誰とでも一瞬につながれて、いろんな境界線を飛び越えられるからです。
日本の伝統的な家屋にあった「土間」を思い浮かべてみてください。居間や寝室などの生活空間と、屋外の間にある空間ですね。今では靴を脱ぐためだけの玄関のような機能に縮小されてますが、昔は必ずと言っていいほど民家には土間がありました。
そして、その土間にあったのが台所です。何が言いたいのか。かつての家屋では、台所は「内と外の境界線」にあったわけですね。つまり、「食」は内と外をつなぐ。「食」には昔からずっと、そういう意味や役割があったんではないか。そういう気がするんですよ。
美食倶楽部と聞くと、「料理をつくる場」「キッチン体験」といったイメージが強いですが、これから全国各地に広げていくなら、まさにその場が地域の内と外をつなぐゲートウェイ(入口、玄関)になるべきだと思いますね。具体的に、どういうことか。僕が関わったプロジェクトとともに、じっくり紹介していきましょう。
そこでしか味わえない「美食倶楽部」が全国各地にあったらおもしろい
昨年10月にオープンした「UDON HOUSE」(香川県三豊市)。僕はこれまで様々な地域プロジェクトをプロデュースしてきましたが、これも僕らにとっての美食倶楽部ですよ。
(UDON HOUSEのホームページより。以下、同)
UDON HOUSEは、一言で言えば讃岐うどん専門の宿です。コンセプトは、「讃岐うどんを学びながら、地域を楽しむ」。ここで1泊2日のツアーを実施しています。参加者はチェックインすると、部屋のキーの代わりにうどんの粉や生地をつくるのに使う麺棒を渡されます。6時間ほどかけて粉からうどんをつくり、それを食べる。
それだけではありません。近くの農園に行って生産者の話を聞きながら、その日に食べる食材を一緒に収穫したり、瀬戸内海でカヌーを漕いだり、その地域の食文化やレジャーを堪能します。
実は、地元の反響がすごいんですよ。毎月、住民向けにイベントを開催してるんですが、みんな楽しんでくれて。どうやら、地元の人も最近はうどんをつくれなくなってきているようなんです。近くにおいしいうどん屋がたくさんあるから、家でつくる機会が減ってきているらしいんですね。でも、「つくっみたら楽しいね」と喜んでくれるんですよ。
オープンしてまだ1年も経たない中で、国内だけでなく、海外も計15カ国ほどからお客さんが来てくれています。まさに、UDON HOUSEが地域の内と外をつなぐゲートウェイになっているわけです。
ですから、美食倶楽部を地域で展開するうえでは、単なるキッチンや料理教室のような機能だけではなくて、地域の食文化や暮らしにも光を当てて、そこが内と外をつなぐ入口になればおもしろいでしょうね。地元にとっても活気や交流が生まれて、盛り上がると思いますよ。
美食倶楽部は、1つのカテゴリーなのかもしれないですね。何か特定の、1つしか意味を持たない固有名詞ではなくて、「美食倶楽部」というカテゴリーの傘の下に、各地域のいろんなブランドがある。例えば、広島なら最後に必ずお好み焼きを食べるとか、煮干しの産地なら「だし」について徹底的に学ぶとか、はたまた北海道の山奥にある美食倶楽部なら、そこにたどり着くまでにカヌーで川を渡らないといけないとか。
そこでしか味わえない食材や本場の味、そこでしか見聞きできない体験がある。そんな風に、各地域に個性的な美食倶楽部ができたら、全国各地を訪ね歩く楽しみも生まれると思います。
古田秘馬が考える「美しい食」
美食とは文字通り、「美しい食」です。ただ、その美しさはきっと千差万別でしょう。インタビューの最後に、古田さんが考える「美しい食」とは何か、聞いてみました。
美食とは、ハーモニー。
僕にとっての「美しい食」は、食材や味わう行為、それからその場を覆う空気、そこにいる人。それらが奏でるハーモニーですね。これは何も、ピースキッチンに限った話ではありません。仲間と楽しむバーベキューや鍋、愛する家族と囲む食卓もそうです。食は、みんなで笑ったり、話したり。そうやって共感する楽しさを知る原体験だと思うんですよね。高級な食材やワイン、一流シェフがつくる料理が、必ずしも美食とは限りません。その場全体が奏でるハーモニーこそ、僕が考える「美しい食」です。
取材・文/近藤快