手痛い失恋の話
手痛い失恋の話をしたい。
というのもここ数日、学び舎で肩を並べた友人が続々と結婚の意向を表明し、エコー写真を見せてきては「結構はっきり見えるでしょ〜♡」 と言ってくるようになった。正直全く何も見えていないが、友人が指をさす瞬間、その方向に自らの指を差し向け、友人の指を押しのけて先に豆粒のような影に指をさして「かわいい!!!!」と言うと喜んでいるので、これが正解の反応なのだろう。昔から百人一首は得意な方である。
話が逸れたが、結婚した友人達の共通点を思い返すと、みなアルバムのページをめくるように自身の恋愛遍歴を話しつつ、それを過去のこととして消化しきる強さを持っている。つまり、私が今後──まだ学生なのでそれどころではないが──幸せな結婚をし、白くてでかい犬と港区の高層マンション、SAPIXで優秀な成績を収めるイケメンの息子を手に入れるためには、過去の恋愛のことを、皆さまに語り伝える必要があるということである。
それでは、お手元にハンケチをご用意のうえ、心してお読みいただきたい。
中学2年生の時のことである。
私が中学生の頃というと、まだガラケーとスマートフォンの使用人口が体感で半々くらい、音楽チャートでは西野カナがブイブイ言わせていた。私も例に漏れず、西野カナのアルバムをTSUTAYAで借りてはウォークマンに落とし、それを聴きながら未だ見ぬ"恋愛"に憧れていたが、当時の親友であったHちゃんはなぜか私が好きになる男全員を咥えて持ち去っていく江ノ島のトンビのような女であったため、恋をしてはそれをタイミング良く攫っていかれ、また新しい恋をするという、無限恋愛編に入っていた。
そんな私に転機が訪れた。
当時の私が好きになったのは全員、EXILEの身長を縮めてややダサくしたような男であったが、なんの間違いか、突然歯医者の開業医の息子・サッカー部のI君を好きになってしまったのである。そして、Hちゃんの好みはやはり小EXILEだったらしく、I君は持ち去られることなく、私はついに恋愛を暴走させるに至ったのであった。
そこからの動きは早かった。あれほど驚異であったHちゃんは一転、I君のメールアドレスや好みのタイプ、家の場所や夜のランニングスポットを咥えて持ってくるようになり、私はそれを元に、彼に猛アタックを仕掛けていく。念願叶い、やっと人目を忍んで2人で下校できた日には、嬉しすぎて歩きながらじわじわとにじり寄ってしまうという可愛いハプニングさえあった。言い忘れていたが当時の私は今の2倍ほど体重があったため、細身のI君からすれば命の危険を感じたことであろう。
そしてある日、私はついに彼に告白をした。
シャイであった私はメールを用いることにした。記憶が正しければ、文面はひと言「好きです。付き合ってください。」であったろう。
彼からのRe:を待つ30分は5億年にも10億年にも感じ、爆発しそうな心臓を抑えながら歩いていたら近所のおばさんに心配されたことを覚えている。
彼からの返事はこうだった──「前言ってたこんにゃくダイエットってそんなに痩せないらしいよ。」
何?豆しば?
私はこの恋が敗れたことを知り、涙を流しながら「だからか!ちょっと太ったんだよね」と返した。こんにゃくダイエットで太っていたからである。すると、光の速さで彼からの返信。「下まで見た?」
私は心臓を抑え、ガラケーの↓ボタンをゆっくりと押していく。塾の時間はとっくに過ぎていたが、それどころではない。胸が苦しくて目を細めながら、下まで辿り着くと、そこには
「相思相愛って知ってる?」
I君との交際は3ヶ月に渡った。彼はなぜか同じサッカー部の友達には私の存在をひた隠しにし、学校帰りに会おうと誘うと学区外を指定される等、やや不審な点もあったが、何より初めての彼氏である。西野カナもいつも不安がっているのだから、不安になるのが恋愛の本質なのだろう。そう思っていた矢先、彼からの連絡が途切れはじめた。時を同じくして──……
先に、初登場Aちゃんの紹介をしておこう。
Aちゃんは私が小学校4年生の際、山梨県に転校する前からの親友であり、転校する際には手作りのキーホルダーと大量の涙で私を送り出してくれた聖女のような女の子である。中学校2年生に上がる前にこの町に戻ってきてからも、部活こそ違えどかなり仲良くしていたため、もちろん恋愛相談などもしていた。
そのAちゃんに、私の彼氏が急接近していたのである。私の聖女と愛する彼氏が顔を覗き込んで笑いあっている姿はまるでサイゼリヤの壁画のようであったが、いくら鈍い私でも今が緊急事態であることは理解できた。しかし、Aちゃんに限ってそんなことをするとは思えない。かの江ノ島のトンビHちゃんだって、私にひとこと言ってから咥え持っていったのに、Aちゃんがそんな不義理を働くわけがないのだ。
思い悩んでいた次の日、私は体育の授業中に熱中症になった。
ふらふらとした視界の中で、保健委員のAちゃんが近付いてくる。私を助けてくれるつもりなのだろう。やはりAちゃんは優しい。疑ってごめん……そう思っていると、彼女は泣きながら言う。
「ごめん、I君のこと好きになっちゃった。」
朦朧とした意識の中で、向こうも好きだって言ってくれてて、相談に乗ってるうちにムカついてきちゃって、一言言ってやろうと思ったらいつのまにか話すようになっちゃって……という声が聞こえる。
「ごめん ○○ちゃんも幸せになってほしい」
私ははらわたというはらわたが煮えくり返るのを感じた。一言言ってやろう。しかし怒鳴ったところで、聖女Aちゃんに泣かれては私が悪者になるのがオチである。それならばと、私は渾身の笑顔で言った。
「教えてくれてありがとう、好きな人の彼女の幸せまで願ってくれるなんて優しいね!人の幸せを応援する仕事とか向いてると思う!」
20歳の春、私とAちゃんは家の前の公園のベンチに、並んで座っていた。 I君をめぐる確執以来、7年もの間 没交渉だった私がなぜ呼び出されたのかわからないまま、アイスをかじる。前歯に響く。Aちゃんが口を開いた。
「私、ウエディングプランナーになるんだよね。○○ちゃんにああ言われて、私って結婚式のプラン決めたりするの向いてるかもって思ったの!本当にありがとう!今日はそれを伝えたくて!」
なるほどね。