78.9MHzの夜
ハガキ職人の朝は早い。
朝4時に起床し、水垢離。澄んだ心で今日のトークテーマを吟味する。
「まぁ好きで始めた投稿ですから」
そう言いながら、淡々とお題に合ったエピソードをディグっていく。
それを可能にするのが、日々継ぎ足してきた秘伝のネタ帳だ。
ネタが決まればさっそく執筆に取り掛かる。
メールでの受付が主流となった今も、一枚一枚ハガキにしたためる。
まさに一筆入魂。
「メールを否定するつもりなんてさらさらない。
ただ自分にはこのやり方しかないってだけで」
パーソナリティのパーソナリティを見極め、いかに読んでもらえる文章に
仕上げるか。何気ない一言にも職人技が光る。
「やっぱり一番嬉しいのは自分のラジオネームが読まれる瞬間だね。
ハガキやってきてよかったなと」
……もう少し続けたいが、本題から大きく逸れてしまうため自粛する。
「続きまして、ラジオネーム“ひしのみ”さんからのお便りです」
自分の投稿を読まれることが、こんなにもテンションが上がるのだということをこの歳になって初めて知った。
パーソナリティとリスナーが繋がる瞬間。聴くだけの一方的だった関係が“双方向”に変わる。
葛飾区のラジオ局、かつしかFM。毎週水曜19時から放送(のちに金曜18時に移動)の「ヨルスタ!」月イチパーソナリティを務めるのが、路草で連載中『東東京区区(ひがしとうきょうまちまち)』の著者・かつしかけいたさん。
2021年9月。この時点でまだかつしかさんとの面識はまったくない。
諸事情により、連載開始前の構想段階から本作を引き継ぐことになった私は、とりあえずかつしかさんの出演するラジオ番組を聴くことにしたのである。そしてせっかく聴くんだったら、投稿した方が会ったときの話の種になるかなという淡い目論見もあった。
かつしかさんは地域密着型のこの番組の中で、実際に東東京の町を歩いて、気になったものを紹介していた。
私自身、江戸川に面したかつての葛飾郡に属する自称葛飾民なので、東東京の地理やカルチャーに馴染みはあったものの、そこからさらに深掘りされたかつしかさんの視点は新鮮に映った。
『東東京区区』は、年齢・性別・ルーツも“区区(まちまち)”な三人が、生まれ育った東東京の町を歩きながら、新たな魅力や気付かなかったことを見つけ出していく地元発見冒険譚だ。
前任の担当者との間で設定やプロットはかなり綿密に練り込まれており、あとは現地を取材をしてネームを切る段階となっていた。
かつしかさんとの初対面は、2021年10月25日。場所は再開発著しい、葛飾は金町駅前のスターバックスだった。引き継ぎも兼ねて、前任者とともにご挨拶。
ラジオで聴いていた思慮深く落ち着いた声の印象通りの人物がそこにいた。かつしかさんは言わずもがな生粋の、前任者と私が“広義の”葛飾民ということもあり、話は盛り上がった。
ラジオ投稿の話は「あ、そうなんですね」ととくに盛り上がることなく不発に終わった。
その翌月には取材にも同行した。物語の起点となる町・立石。
千円あれば飲めるお店の多い“せんべろ”のイメージが強い立石だが、立石仲見世商店街の中に、主人公の一人、セラムのお母さんが経営するエチオピア料理のお店がある(という設定)。
商店街を見て回り、その後、立石のお隣・四ツ木に実在する、モデルとなったお店に行き、エチオピア料理を食べた。
そうしたやり取りを経て上がってきたネーム。
コマ割りも問題なく、話の流れもよい。
なのにどうしても主人公たちに感情移入できない自分がいた。
本作は多様性の漫画だ(と私は思っている)。
街歩きを通して東東京の魅力を再発見すると同時に、マイノリティとされる人々が東東京にも普通に生活していて、それは決して特別なことではないことがわかる。
特別なことではないからこそ、取り立ててそれを強調することなく、物語は進んでいく。
当初の設定では、三人の主人公全員が日本以外にもルーツを持っていた。
言わば三人が三人ともルーツに由来するマイノリティの当事者。
テーマを自然と浮かび上がらせるにはコントラストが必要なのではないかと考えた。
そこでかつしかさんに主人公の一人を日本にルーツを持つキャラクターに変更できないか相談した。
そうして、ムスリムでインドネシア人の父と日本人の母を持つ大学生のサラ、エチオピア人の両親を持つ小学生のセラム、古地図好きの中学生・春太、三人の主人公が出揃った。
春太は日本ルーツのマジョリティではあるが、ある事情で不登校となっていて、サラ、セラムと出会うことで「普通」とは何なのかを考えることになる。
多くの読者を代表するであろうマジョリティとしての春太が入ることによって、私自身どこか他人事に感じていたストーリーがぐっと身近なものになった。
そう感じさせるのは、単に主人公の一人が日本ルーツに変更されたからというだけでない。かつしかさんの圧倒的な知識に裏打ちされた町の歴史と風景の魅力、そしてしっかりと作り込まれたそれぞれのバックボーンをもとに、三人の主人公が物語の中で生きているからに他ならない。
得てしてマジョリティからは、マイノリティのことは見過ごされてしまうことが多い。どちらか一方の意見だけでなく、“双方向の関係”を築くことで、お互いを知ることができる。
ラジオ番組への投稿はそんなことに気づかせてくれた……と無理矢理まとめに入らさせていただく。
次回更新の8話までを収録した『東東京区区』単行本1巻は2023年7月に発売予定!
“まちまち”な三人の物語をこれからも楽しみにしてほしい。
ちなみに「ヨルスタ!」は惜しまれつつも2022年10月に番組終了。
その間、私は3回投稿して3回とも採用された。
ハガキ職人の朝は早い。
☆『東東京区区』はWebコミックメディア「路草」にて連載中!☆
1話はこちらから↓
■著者プロフィール
かつしか けいた
葛飾出身・在住の漫画家・イラストレーター。ビッグコミックオリジナル増刊号でコラム『グローカルガイド』のイラストや葛飾区法人会の広報誌『かつしかの窓』の表紙イラストを長年担当している。他では雑誌『アイデア』や福島県須賀川市のプロモーション冊子『須賀川事典』のイラストなどを手掛ける。自主制作マンガ誌『ユースカ』『蓬莱』に参加。
Twitter : @ktsksketch
instagram : ktsksketch
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