11 片栗粉と石灰
小学生の頃、片栗粉と石灰がとても好きだった。
片栗粉は、料理にとろみをつける物。
石灰は、校庭に線を引く物。
片栗粉は指先で押すと、きしきししてしっとりしている。
石灰はライン引きの底の穴からほこほこと零れ、同じ幅の白い道を作り続ける。
わたしは、家では片栗粉を使った料理を手伝いたく、学校では石灰で校庭に線を引きたかった。
家で片栗粉を見ているときは、石灰に似てるなと感心し、校庭で石灰を見ているときは、片栗粉に似てるなと、毎回発見のように思っていた。
見た目はまったくそっくり。
入れ替えても、誰も気づかないんじゃないだろうか。
ある夜。
わたしは夢の中で、片栗粉と石灰をそっくり入れ替えた。
すると、夢の中の母は石灰で鶏のから揚げを作りだし、校庭には片栗粉で線が引かれだした。
一見、何の問題もない。
この入れ替えに気づいているのは、世界中でわたしひとり。
……と思った瞬間、「ダメ!」と飛び起きた。
よかった。
誰も石灰のから揚げを食べていない。
誰も、障害物競走で片栗粉を踏んで滑ってはいない。
以後、片栗粉の工程を手伝うとき、わたしはまず片栗粉を舐め、それが石灰でないことを確かめるようになった。
石灰を舐めたことはないので、それが片栗粉であることを確かめた、というのが正確だろうか。
これは夢の中で自分がしでかしたことのとばっちりを、現実の自分が受けているわけだが、夢の中も起きている間も、どっちも自分である。
わたしは、自分のいたずらな興味で他人を危険に晒しそうになったことに罪を感じつつ、それを告白せず隠し続けていることを後ろめたく思った。
しかしどうすることもできず、誰とも共有できず、非常に重苦しい気分で、小皿の上の片栗粉を人差し指で回して水に溶かし、それをフライパンの麻婆豆腐にそっとかけ入れるのだった。
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