10 台形とコンビーフ
(上底+下底)×高さ÷2。
この台形の公式を習ったとき、脳内に浮かんだのはコンビーフだった。
台形とはわたしにとって、コンビーフ以外の何物でもなかった。
コンビーフ缶を開ける作業を、わたしは進んで買って出た。
鍵はいつも、コンビーフ缶の上底に貼りつけてあった。
わたしはそのテープを、待ち合わせ場所を知らせる恋人からの手紙を開くように、剥がす。
すると平べったい鍵は、たいていテープにくっついたまま宙に浮かぶ。
鍵を剥がすと、わたしは缶の下底近くのしっぽのような突起を探す。
突起は、金属なのに柔らかい。
指先で外側に反らすと、そこを鍵穴に挿入する。
そして外にカールさせてゆくと、間もなくカチッと金属が切れる音がする。
そこで切り込みは、プロローグから本線に入ったのだ。
赤いコンビーフが帯状に見え始める。
わたしは、ホリ、ホリと、金属を外にむいてゆく。
むけばむくほど、鍵は金属帯をコイルのように巻き取り太ってゆく。
第1コーナー、第2、第3コーナーを曲がり、もうこれ以上巻き取れないというところで、ちょうど最後の部分が切り取れる。
そして缶は、3つに分かれる。
上部分、帯部分、下部分。
寝入った赤ちゃんのピッタリな帽子をそっと取るように上部を外すと、肉の台地がお目見えする。
わたしは、お皿にコンビーフの頭を着けて逆立ちさせ、下の金属袴を脱がす。
すると、上底は下底になり、下底は上底になる。
(下底+上底)×高さ÷2。
そこで母が、そのコンビーフをほぐしてフライパンに入れ、キャベツと炒めはじめる。
甘く香ばしい匂いが立ち込めてくるなか、わたしは缶に描かれた牛と目を合わせ、牛語でマタネと言うのだった。
あの形のコンビーフ缶は、今はもうない。
子どものころ捨てられず、集めていたたくさんの平べったい鍵は、今もわたしの宝箱の中にある。
鍵たちはむきたくてむきたくて、実は密かに、コンビーフ缶の帯の端にそっくりなガードレールの端を引っかけようと、虎視眈々と狙っている。
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