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16 ミトンとミント

[編集部からの連載ご案内]
白と黒、家族と仕事、貧と富、心と体……。そんな対立と選択にまみれた世にあって、「何か“と”何か」を並べてみることで開けてくる別の境地がある……かもしれない。九螺ささらさんによる、新たな散文の世界です。(月2回更新予定)


ミトンとミントは、アナグラムだ。
ゆえに、内包する世界の内容と量が一致している。
つまり、非常に親和性が高い。
 
その家の中には、片方だけのミトンが二つあった。
 
ひとつは、持ち主が片方を失くした赤い毛糸のミトン。
もうひとつは、キッチンにある、鍋つかみとしての黄色いミトン。
 
二人のミトンは、会うことはなかった。
互いに見たこともなかった。
ゆえに、知り合いではなかった。
 
ある晴れた、冬の午後。
家主が、庭からミントの鉢植えをリビングのテーブルの上に持ってきた。
 
家主は、「紅茶に浮かべようかしら」と、ミントの葉を何枚かちぎった。
すると、部屋中にミントの爽やかな香りが漂った。
 
香りとは、物質である。
香りとは、届け物である。
 
その届け物は、二人のミトンのもとにも届いた。
 
ひとりぼっちの二人のミトンは、その届け物の封を開いた。
するとそれは、招待状だった。
 
【今夜、リビングの鉢植えの周りでパーティーを開きます。
つきましては、いつもの格好でお越しください。ミント。】
 
二人は、「ミント」という名前を、なぜだかとても懐かしく感じた。
二人は生まれて初めて、冒険をすることにした。
 
大きなソファーの下のミトンは、埃だらけだった。
「彼女」は全身全霊の思いを込め、(わたしをリビングの鉢植えの横に連れてって)と念じた。
すると、この家の飼い猫のピトンがソファーの下に潜り込み、ミトンをくわえてミントの鉢植えの横に置いた。
 
キッチンの引き出しの中のミトンは、閉じ込められていた。
彼女も全身全霊の思いを込めて、(わたしをリビングの鉢植えの横に連れてって)と念じた。
するとピトンが、引き出しの取っ手に前脚をかけ、少し開いた中からミトンをくわえ、リビングのミントの鉢植えの横に置いた。
 
夜になった。
リビングに来た家主が、「あら? なんでここにキッチンのミトンがあるのかしら。それに、この埃まみれのミトンも、なんでここにあるのかしら」と首を傾げた。
 
ピトンがニャーと鳴いて答えた。
「あら、ピトンがここに?」
「ニャー」
「そうなの、ありがとう」
 
家主は、埃まみれのミトンをきれいにして、キッチンのミトンと並べた。
そして、「こうして見ると、姉妹みたいね」とほほ笑んだ。
「ニャー」と、ピトンが相槌を打った。
ミントは全身全霊の思いを込め、祝福の香りを贈った。
 
二つのミトンとミントとピトンと家主は、その夜から五人姉妹になった。


絵:九螺ささら

九螺ささら(くら・ささら)
神奈川県生まれ。独学で作り始めた短歌を新聞歌壇へ投稿し、2018年、短歌と散文で構成された初の著書『神様の住所』(朝日出版社)でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。著作は他に『きえもの』(新潮社)、歌集に『ゆめのほとり鳥』(書肆侃侃房)、絵本に『ひみつのえんそく きんいろのさばく』『ひゃくえんだまどこへゆく?』『ジッタとゼンスケふたりたび』『クックククックレストラン』(いずれも福音館書店「こどものとも」)。九螺ささらのブログはこちら

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