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【シネマコラム】 拝啓、スピルバーグ様 001
001. 『PERFECT DAYS』
Edit & Text by Shigemitsu Araki
映画の申し子、スピルバーグの名を冠したこのコーナー。コラムやインタビューのかたちでオススメ新作映画を紹介します。略して、拝スピ。どうぞご贔屓に。
初回は読者プレゼント付きです。最後まで読んでくださいね。
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最初に言い切ってしまいますが、この映画の観どころは、役所広司の“顔”にあります。
役所広司が演じる主人公は、びっくりするくらい喋りません。
心の声もない。
だから彼の表情をじっと観るしかありません。
主人公は押上のアパートに住むおひとりさまで、仕事は渋谷の公衆トイレの清掃員。
公衆トイレといっても、渋谷区の公共プロジェクトTHE TOKYO TOILETが実際に手がけるデザイナーズ・トイレです。
朝起きて、身なりを整え、空を見上げ、缶コーヒーを買い、カーステレオで古いロックやポップスをカセットテープで聴きながら仕事場へ車で向かいます。
仕事っぷりはさながら掃除職人で、その手際はほれぼれするほど。
昼休みには公園でサンドイッチを食べながら、趣味のオリンパス製フィルムカメラで木洩れ日を撮影する。
仕事を終えると、自転車で近所の電気湯へ行ってその日の汗を洗い流し、それから隅田川にかかる桜橋を渡り、浅草の地下街にある居酒屋でひとり飲みをキメる。
そして家に戻ると、布団を敷き、寝落ちするまで小説を読みふけります。
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こういう勤勉なカルチャーおじさんって、あなたの周りにもいませんか。
映画の前半では、このカルチャーおじさんのルーティンを、『ザ・ノンフィクション』よろしくドキュメンタリータッチでひたすら追っかけます。
冒頭で触れたように、台詞が少ないぶん、我々は自然と主人公の顔色をうかがうことになります。
笑っていても心から楽しんでいるようにも諦めているようにも見えるし、目に涙をためていても怒りに震えているようにも喜びがあふれているようにも見える。
この、長崎の平和祈念像のような、多面的な解釈を許す役所広司の顔芸がすごい。
いやはやカンヌ最優秀男優賞も納得の顔芸です。
役所広司が演じる主人公の名前は、平山。
おそらくその名はこの映画を撮ったヴィム・ヴェンダース監督が敬愛する小津安二郎監督作『東京物語』や『秋刀魚の味』で笠智衆が演じた役名から。
さらに家出して平山を訪ねてくる姪っ子の名前は、ニコ。
これは劇中でかかる曲のひとつを演奏するバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとのつながりからでしょう。
そんなふうに細部に遊びごころを感じとれる作品でもあります。
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この映画のもうひとつの観どころ(聴きどころ)は、平山の無口さをうめるように流れる、音楽です。
音楽はほぼ平山がそのとき自分で選んでかけて聴いているという設定なので、その曲が使われている意図が少しでもわかると、彼の心の機微を知るヒントになるかもしれません。
以下、ネタバレにならない程度にさらりと紹介します。
The House of the Rising Sun / The Animals
早朝、平山が車で通勤途中、スカイツリーが見えてきたタイミングでかける曲。
アメリカの伝統的なフォークソングで、原曲は娼婦が半生を懺悔する歌ですが、このアニマルズ版は主人公を男に変えています。
ちなみに内田裕也のカバーも最高です。
Pale Blue Eyes / The Velvet Underground
まだ日の沈まないうち、平山が仕事を終えた帰路でかける曲。
作詞・作曲はルー・リード。映画に愛される曲で、トラン・アン・ユン監督『夏至』、ジュリアン・シュナーベル監督『潜水服は蝶の夢を見る』(インストで使用)、近年ではドキュメンタリー『アジズ・アンサリの"今"をブッタ斬り!』などで効果的に使われています。
歌い出しはこんな感じです。
“時にはとても幸せに感じるし/時にはとても悲しく感じる…”
(Sittin' on) The Dock of the Bay / Otis Redding
翌朝の通勤途中、またスカイツリーが見えてきたタイミングでかける曲。
変わることのない日々の営みを歌っています。
作者であり歌い手でもあるオーティス・レディングは、この曲の録音を完了させた3日後に自家用飛行機で移動中に墜落し、不帰の客となりました。
Redondo Beach / Patti Smith
ある日、平山の同僚、柄本時生演じるタカシが女の子を口説きたいから車を貸してほしいと言ってきます。
その女の子、アオイヤマダ演じるアヤが平山の車の中にあるカセットテープから選んだのが、レゲエテイストのこの曲。
パティ・スミスの1975年の1stアルバム『Horses』より。
のどかな曲調に、恋人との別れを描いた悲劇的な歌詞が対照的です。
モリッシーやアーロ・パークスのカバーもあります。
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(Walkin' Thru the) Sleepy City / The Rolling Stones
で、タカシがアヤの店に通うための資金を、平山が工面してやったあとの帰り道に聴いているのがこの曲。
ローリング・ストーンズの1975年の編集盤『メタモーフォシス』より。
日本語タイトルは「めざめぬ街」。
青い魚 / 金延幸子
ある別の朝、平山が出勤中の車の中で聴いているのがこちら。
金延幸子がURCに唯一残した1972年の名盤『み空』収録曲。
エレキギターは鈴木茂、ベースは細野晴臣、ドラムは林立夫。
Perfect Day / Lou Reed
アヤはパティ・スミスのカセットテープをあのあとこっそりパクっていたのですが、後日、平山のところへ返しにやって来ます。
そのアヤとのちょっとしたやりとりのあと、平山が自宅で夕焼けを浴びながらカセットデッキで聴くのがこの曲。
ルー・リードの1972年のソロ・アルバム『Transformer』に収録。
プロデュースはデヴィッド・ボウイとミック・ロンソン。
歌詞は、なんでもない日だからこそ完璧な一日の物語。
新約聖書の「ガラテヤの信徒への手紙」から着想を得た最後の1節 “人は自分で蒔いたものを刈りとることになる” が、厳しくも優しくも響きます。
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Sunny Afternoon / The Kinks
休日に部屋を掃除しているときに平山がかけている曲。
キンクスの1966年のアルバム『フェイス・トゥ・フェイス』収録。
作者はレイ・デイヴィス。
タイトルの晴れた昼下がりに似つかわしくない、労働者階級のダークなぼやきを皮肉たっぷりに歌っています。
朝日のあたる家 / 浅川マキ
「The House of the Rising Sun」を日本のアングラの女王、浅川マキが独自に翻案したこの曲。
平山が通うバーで、石川さゆり演じる女将がしっとりと歌いあげます(なんだか演歌番組の司会みたいな口調になってしまいました)。
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Brown Eyed Girl / Van Morrison
バーから帰宅すると、アパートの前で姪っ子のニコが待ち構えていました。
仕方なくしばらく行動を共にすることになり、翌朝、車で一緒に出勤するときにニコが選んだのがこの曲。
ニコと平山がSpotifyについて交わすやりとりがほほえましい。
ニコを演じるのは中野有紗。
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Feeling Good / Nina Simone
多くのアーティストにカバーされ、サンプリングされつづけるこの曲、実はニーナ・シモンのオリジナルではありません。
彼女の1967年のアルバム『I Put A Spell On You』収録曲で、シングルでさえなかった。
それがこんなにも人気となったのはその四半世紀以上あとの1994年にフォルクスワーゲンのCMで使用されたのがきっかけ。
音楽も人生もなにが起こるかわかりませんね。
元はイギリスの階級社会を風刺した1964年のミュージカル『ドーランの叫び、観客の匂い(The Roar of the Greasepaint – The Smell of the Crowd)』の劇中、主役の白人男性の生き方に影響を与える脇役の黒人男性により歌われた挿入歌。
時を超えて、ニーナ・シモンの魂を揺さぶるような歌唱に耳を奪われない人なんていないはず。
この曲がかかっているときの役所広司の顔に注目してください。
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あえて観どころをもうひとつあげるなら、スクリーンの隅々に登場する人々。
ちょっとしか登場しないけれど、下北沢の中古レコード屋の店長が松居⼤悟監督だったり、写真を現像するDPEショップの店主が柴田元幸だったり、石川さゆりのバーの客があがた森魚とモロ師岡だったり、平山が通う古書店店主が犬山イヌコだったり、ほかにも隠れキャラをみつけるような楽しみにあふれた配役になっています。
田中泯が演じる、踊るホームレスは平山にしか見えない存在のようで、ヴェンダース監督の1987年の名作『ベルリン・天使の詩』に登場する天使を想い起こします。
まさに、日常を無心に観察しつづけている者だけが発見できる、一瞬のきらめきを表象するようなキャスティングです。
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さらに小道具のようにしか見えない文庫本にもスパイスが効いています。
とくに姪っ子が平山の書棚でみつけて登場人物の中に自分を見出す小説は、とびきり辛口。
その作品は、パトリシア・ハイスミスの短編集『11の物語』に収録された「すっぽん」という短編。
映画を観たあと、あの娘が言ってた話ってどんな内容なんだろ、と読んでみたら、映画の印象をがらりと変えてしまうほど胸をえぐられてしまいました。
自分にとってはそれが最大のどんでん返しとなりました。
このスリリングな体験を、みなさんもぜひ。
『PERFECT DAYS』
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
(2023年/日本)124分・ビターズ・エンド
12 月 22 日(金) より TOHO シネマズ シャンテほか全国公開
©️ 2023 MASTER MIND Ltd.
公式サイト https://www.perfectdays-movie.jp/
予告映像 https://youtu.be/x_j-5QaUxB8
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※配給会社・宣伝会社の方からこのコラムの読者のために、貴重なプレゼントをご提供いただきました、
①映画『PERFECT DAYS』タブロイド(非売品)
②映画『PERFECT DAYS』カセットテープ(非売品)
上記①と②のセットを3名様に。
上記のアイテムは東京国際映画祭のオープニング上映に来場された方だけに配布されたもので、非売品です。
カセットテープの内容は、サウンドトラックではなく、映画から飛び出したエピソードを収録しています。
みなさんのご応募をお待ちしております!
正直これ、自分のぶんもほしいなあ…。
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