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【全文公開#02】会いに行きたくなる理容店「藤太軒理容所」
*全文公開の記事は『看板建築 昭和の商店と暮らし』より2019年5月刊行当時のものです。
藤太軒理容所
■創業:昭和3(1928)年
■竣工:昭和3(1928)年
■設計者:初代の兄弟
■外壁素材:モルタル
■構造:木造2階建て
古くて不便なことを、正直に伝えてみた
「この道歩いて98歩くらい進んで左を見ると藤太軒理容所」
最寄りのバスを降りて、さてどっちの方向かとまわりに目を向けると、大きな看板に書かれたこの案内が目に飛び込んできた。なるほど98歩か、と心のなかで歩数を数えながら書かれた方向へ歩いて行くと、90歩目くらいでその建物が現れた。立派な筆文字で書かれた「藤太軒理容所」の屋号が、奥の日本建築の母屋と相まってさらなる貫禄を放っている。老練な気配をまとった店構えに、少し緊張しながら店へと足を進める。
ふと店の前の花壇に立つ小さな黒板の前で立ち止まった。
「最近また出てきたね カメムシ Welcome to とうたけん理容所」
カメムシの臭いの取り方がチョークで書かれた手書きの黒板に、小さな緊張は一気に溶かされ親近感に変わっていった。
子ども用の馬の座椅子。現在は施術の椅子が変わってサイズが合わなくなってしまった。
「ほとんどそのままなんです。変わったのは窓のサッシくらいで」
東京都西多摩郡の山々に囲まれた日の出町にあるこの店は、3代目の渡邉賀津彦さんと英子さんのご夫婦二人で営む理容室。店舗兼住居で、店舗は創業当時から80年以上ほとんど改装していないという。
昭和3年に英子さんの祖父・政次さんがこの地で創業。政次さんは幼い頃に両親を亡くし、八王子から大久野村(現日の出町)の理容室に丁稚奉公に出された。その後、専属理容師を務めていた近くに住む大地主の力添えもあり、若くして店を開設。店は大工だった祖父の兄弟が建てた。「どうせやるならいい店をつくれ」と後押しした大地主のセンスと意向もあって、こうした様式の店舗になったのでは、と英子さんは話す。
「夫婦ケンカしないように。自分たちが暖かい気持ちでいると伝わるから」と話す賀津彦さんと英子さん。
藤太軒理容所が創業した昭和3年、時を同じくして日の出町に浅野セメント工場(現太平洋マテリアル)が建設される。藤太軒理容所の近くには工場の従業員の住宅地や病院、銭湯、タクシー会社やパチンコ屋などが建ち始め、商店街のような賑わいをみせた。セメント工場の仕事が終わる午後3時には「魔の3時」と呼ばれるほど客が集中。当時はまだ珍しいテレビを置いていたため、客以外にもたくさんの人が訪れ、力道山のプロレス試合の日には窓の外にも人だかりができるほど賑わったという。
「今でも浅野セメントで働いていた当時から来てくださってるお客様もいらっしゃいますよ。私より藤太軒長いねって方も」
英子さんはそう話しながら店内を眺めた。
「私は生まれたときからここに住んで、見慣れてるからこの建物古いなぁくらいにしか思ってなかったんです。でも最近は皆さんが評価してくれて、それなら生かせるように大事にしようと思って」
そうした心づかいは店のあちこちにうかがえる。青白い光が灯る殺菌線消毒器は現役で、近年つくった新しい木のデスクも、創業時から使っている大きな鏡やキャビネットに合わせて特注した。
「だって、今もまだ使えるんですよね、全部」
そう言って二人は笑いながら顔を見合わせた。
日本カミソリと西洋カミソリ。錆びないよう熱湯とアルコールで消毒。
♢
初めて藤太軒理容所を知ったのは、店のウェブサイトだった。サイト上にあったこの言葉が目に留まった。
「藤太軒は、今どきのキレイなお店ではありません。しゃれた会話もありません。早い仕事もできません」
なにか大事なことを打ち明けられたような藤太軒理容所のこの正直なメッセージが気になって、興味を持った。
「10年前に勇気を出して、自作の広告でこの店が80年以上改装していないこと、古くて不便なことを正直に伝えてみました。そうしたらメディアで紹介されるようになったり、気になった方が来てくださって」
そう言って英子さんは10年以上つくり続けているという、店の自作広告を見せてくれた。時事的なワードや流行りのギャグを取り入れたポスターや、店の歴史やこだわり、地域のニュースまで話題豊富に盛り込んだダイレクトメール。広告を始めたのも、なんとなく売上が落ちてきたのがわかったからだと英子さんは話す。女性顔そりの広告は効果が絶大で、女性客がどんどん増えているようだ。
手書きのダイレクトメール。これを見て来てくれる人も多いという。
賀津彦さんが日本カミソリの歯をそっと毛に当てると、毛が歯に触れただけ切れた。
「かつてはどこでも顔そりをやってました。だけどやっぱり手間がかかるし、大変だからやらなくなって。業者も売れるから楽な商品をつくるでしょ。それでどんどん日本カミソリ自体がなくなってしまったんです」
そう語る賀津彦さんに、英子さんも言葉を続けた。
「誰もできないことだからこそ、ここでやろうと思ったんです。昔の家だからカミソリ自体もたくさん残っていました。建て替えとかしていたら、きっと捨てていたと思います。ここでしかできないことを体験できる店にしよう、と」
創業当時から使っている用具入れ。
夫婦二人で長く店を続けるために意識していることはあるのだろうか。そう尋ねると、二人で即答。
「新しいものを取り入れたり、競争し始めるとキリがないから。それなら古いものを大事に使って、それを喜んでくれるお客様に来ていただく方がいいかなって」
「自分たちが温かい気持ちで迎えることです。モノがあふれているなか、なにかを選ぶ理由ってもう人しかないじゃないですか。だから温かさとか雰囲気を大事にしたいんです」
それに、と賀津彦さん。「この店の温かさって木のふわっとした感覚じゃないかな。だから自分たちもそれに馴染むように、仕事に取り組んでいます」
お客様にここに来る理由をたまに尋ねるんです、と英子さんは話す。
「技術じゃなくて〝夫婦がいつも仲がいいから来たくなる〞って言われて。技術を褒めてほしいんですけどね」
そう言って二人は照れ気味に笑った。
自分たちが素直に気張らずにいること。それを共有してくれる客に丁寧に接すること。大切なものって、意外と少ないのかもしれない。二人の話にそんなことを思った。
写真:金子怜史
文:編集部
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藤太軒理容所で顔そりをしてもらいたいな、と随分前から思っていた。が、無精者の筆者、なかなか足を運べずにいた。
今年はコロナの影響もあってか、近所の歴史ある老舗店の閉店が相次いだ。
「いつか行ってみよう」または「近いからいつでもいけるし」と思っていた店が、気が付いたときにはシャッターに閉店の案内チラシを残し消えていた。「いつか」「いつでも」がこんなに儚い言葉だったとは。自分にも悔しくなってトボトボとその場をあとにした経験を今年だけで5度ほど。
「お二人は元気にされているだろうか」
東京からの往訪もはばかれる今日この頃、少し悩んだ末に電話を掛けてみた。
最初に出たのは賀津彦さん。
ーご無沙汰しています。皆さんお変わりないですか。
「元気にしていますよ。お久しぶりですね」
ーお元気そうでよかった!あの、もしよければ最近の手作り広告を見せていただけないかな、と思って……。ウェブサイトでご紹介したいんです。
「広告……? あ、ちょっと変わりますね」
英子さんに電話がバトンタッチ。
「ぜひぜひ!紹介していただければ嬉しいです。最近の広告、いくつかまとめて送りますね。あとYouTubeとインスタグラムも始めたんです」
YouTubeとな。
さすが渡邉ご夫妻。色々試されてて見習わなければ……。
そうして数日後に届いた広告と、ん?ナニこれ……?
雑巾……?
いや、「増金(ぞうきん)」だ!
添えられた手紙にはこんなメモが。
「この雑巾は店で使用済みとなったタオルで作っています。タオル入れ替え時にマスターが『増金』とし、『オレのブランドだから手を出すな!』(笑)と一人でミシンがけをして作っています。そしてお客様に『運がアップするヨ』などと声を掛けて差し上げて……といいますか、もらってもらっています」
おちゃめな店主さんです。
そのほか届いた情報満載の広告をご紹介します。
①9月の折り込み広告(表/裏)
②12月の折り込み広告(表/裏)
③手書き広告「食べたくなったら運動しよう!」
④手書き広告「一週間気まぐれに舌回しやってみた!」
(効果、すごい……!即やろうと決めて2時間後にはもう忘れていた)
⑤手書き広告「マッスル鍋レシピ」
⑥手書き広告「美人に見える写真の撮られ方」
⑦手書き広告「運気アップ ガラスダスター」
き、企画力……! 勉強になります。
最後に藤太軒さんのYouTubeはこちら。
お二人の笑い声が絶えないほっこりチャンネルです。
写真・文:編集部
藤太軒理容所
〒190-0181 東京都西多摩郡日の出町大久野1708
☎042-597-0836
営業時間(予約制) 8 :00~19:00
定休日 月曜日・火曜日
●WEBサイト:http://www5c.biglobe.ne.jp/~tohtaken/
●Instagram:@toutaken3
●YouTube:藤太軒理容所
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次回の投稿もお楽しみに!