その人が「何を」しているのか、「なぜ」しているのか;ASD児の運動行為の観察
近年の研究において、ASD児は「他者の運動行為のゴールを認識している」ことが示されており、他者の行為/意図理解において「What:何をしている」と「Why:なぜしている」を区別して考える必要性が示唆されています。前者は「basic single neuron mirror mechanism」であり、後者は「action chain-based mirror mechanism」が関与しているようです。
そんな論文を読んでみました。
Intention Understanding in Autism
13 Jun 2009: Boria S, Fabbri-Destro M, Cattaneo L, Sparaci L, Sinigaglia C, et al. (2009) Correction: Intention Understanding in Autism. PLOS ONE 4(6): 10.1371/annotation/3f865d29-8d14-4f15-86dc-061631ff6d78. https://doi.org/10.1371/annotation/3f865d29-8d14-4f15-86dc-061631ff6d78
対象は、ASD児(平均年齢:9.74±2.22)とTD児(平均年齢:8.34±0.57)です。
実験方法
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0005596.g001
実験1
道具/対象物を見て「なに」であるかを回答し、次に2枚目の写真として以下のような条件がありました。
1.“touch” pictures(触れる)
2.“place” pictures(置く)
3.“use” pictures(使う)
上記の条件における写真をランダムに見せて、「置くためか、使うためか?」という質問し、道具/対象物の使用に関連する意図を回答させました。「電話をかける/置く、ブラシを使う/置く」など。
実験2
実験1より少し文脈が複雑となり、
「(なぜ)置くためか、使うためか?」によって、その状況を示唆する別の対象物を配置させている写真を用いています。
・道具/対象物を置く意図(なぜ置く:箱の近くでハサミを握る)
Why:片付けをする/ハサミの使用が終わった…など
・道具/対象物を使う意図(なぜ使う:紙の近くでハサミを握る)
Why:ハサミで紙を切る/制作をするために持つ…など
このように文脈から示唆される意図を回答できれば「正答」となりました。
具体的な回答例がないので、どのような回答をしたのか気になりますが…。
で、ざっくりと結果を書きますと…
実験1では、ASD児とTD児で"what "と "why-use"における誤答率は、両群でほぼ同じでしたが、"why place "の試行でASD児が有意に誤答率が高いことがわかりました。
実験2では、"why-use "と "why-place"での誤答率は、両群で同程度でした。
まとめ
実験1の“What”と”Why use”は手と道具/対象物との相互作用に基づく運動情報(道具/対象物に対する手の形状付けとか?)や道具/対象物の典型的な使い方に基づく機能情報(道具としての知識/経験とか?)であるため、運動行為と意図が一致しており、整合性があるためASD児でも「他者の運動行為のゴールを認識している」ことがわかりました。
”Why-place”は、”Why use”のような道具/対象物の典型的な使い方に基づく機能情報(道具としての知識/経験とか?)から読みとれる情報が少なく、手と道具/対象物との相互作用に基づく運動情報(道具/対象物に対する手の形状付けとか?)に頼らざるを得ません。
要するに、ASD児は「手と道具/対象物との相互作用に基づく運動情報(道具/対象物に対する手の形状付けとか?)」を十分に処理できていないと考えられます。
逆に実験2では、手と道具/対象物との相互作用に基づく運動情報(道具/対象物に対する手の形状付けとか?)を一致させ、特定の機能を持つ他の対象物に関する情報を付加することでASD児の誤答率も低くなり、TD児と同等となりました。
「紙の近くにハサミがある=切る、箱の近くにハサミがある=ハサミを箱に入れる」のような付加情報は”Why-place”の曖昧な状況に意味づけをしてくれているようです。
このような環境中に存在する/環境から付加される文脈的・社会的情報に基づく推論処理は、ASD児の「他者の行為/意図理解」の手助けとなるかもしれません。ざっくり言えば、「Affordance」なんでしょうが、個々により意味や価値、捉え方は違うので本人にとってわかりやすい「情報」とは「何か」をしっかり考える必要がありそうです。