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いつくしみ深き
昨日母をみおくりました。
教会式の葬儀の良いところは悲しみが少ないところだ。カトリックの概念では、死というものは神のもとに召されることなので通常の日本の葬儀より、悲しくない雰囲気の中でのお見送りとなる。
母の89歳という年齢もあり、近しい方に来て頂いて小さなお見送りとなった。
神父様を斎場にお迎えし、参列者全員でいつくしみ深きを歌うところから母の葬儀ミサは始まった。とてもアットホームな雰囲気だった。
途中、神父様から「お子様3人、それぞれお母さんへの思い、思い出を語ってください」と唐突に促される我ら。兄がもつれながら理由のわからない話をする間に、それぞれ頭をふる回転させた姉と私は何とかうまく話すことができた。どんまい兄。
そしてミサの最後の方で
お父さんはご挨拶を…と神父様は促された。
父はこういう場面に非常に強い
母への思いをポツポツと、でもしっかり語りだした。
仕事が忙しくて何度も何度も転勤したが、母がずっとついてきてくれたことにとても感謝していたこと。
子ども達にもその度迷惑をかけて本当は申し訳ないと思っていたが、どうしようもできなかったこと。今それを悔いていること。
あの父の言葉とは思えず、姉も涙をボロボロと流していた。
が、父は続けて
『家内の母親は1月4日に亡くなりましてね。そして家内が1月5日。となると、次は私が1月6日に亡くなるかもしれません…その時にはまたよろしくお願いします』と静かにスピーチを締めくくった
え…
外国人の神父様が慌てて『おとうさんソンナコト言わないでクダサーイ』と言ったところであちこちから笑いがもれ、姉もふいてしまった。
やっぱり父だった。
ふと『またこんなところでそんなこと言って。信じられない!』などと、母が毒舌をはいている風景が頭に浮かんでいた。
父がとんでもないことをして、母が毒舌をはく。
かつてのわが家の日常がそこに見えたような気がした。
最後に母を和やかに見送れて本当に良かった。
母が転倒し、救急車で運ばれたのが奇しくも2022年の1月13日だった。入院を経て、その後施設へ入ることとなり家に戻れなかった。
母、3年ぶりにやっと帰って来れたんだと思うと胸がギュッとなった。