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ボンネットの上から見た一瞬の地獄 #6

 あのおっさんから渡された電話番号は何度かけても繋がらない。これはおかしい。この瞬間、私は怒りが湧いた。これはもう完全にひき逃げだ。

 しかし、これで終わらないのが日本の警察。メモに記された名前などの僅かな手がかりを駆使して、私を轢いたおじさんの正体を割り出し、特定に動いてくれていた。ここで、私のファインプレーが1つ光った。なんと、私はその車のナンバープレートをうろ覚えながら記憶していたのだ。その情報を警察に伝えた。そして、私が轢かれてから約2時間半後、ようやく特定に成功したのだ。そのおじさんは今から交番にやってくるとのこと。

 おじさんが来るまでの間、私は事情聴取やその時の様子、身体状況について尋ねられた。事情聴取をすると言われて、別に自分が何か悪いことをしたわけではないのに何処か緊張感を覚えた。しかし、警察官はお茶やお茶菓子、会話などを通して緊張を和らげてくれた。そんなこんなで話していると、私を轢いた影響でへこみが顕著な軽自動車が交番にやってきた。

 おじさんは着くや否や奥まで連れて行かれた。おそらく事情聴取だろう。私は入れ違いになるように、今度は実際の事故現場に行くことになった。事故現場は事故が本当にあったのかと思うくらいに何も変わっていなかったが、よくみると、歩道や車道の一部にガラスや車の部品が粉々になって散っているではないか。いや、逆にこの状況で事故があったとは思わない方がおかしいくらいには荒れていた。いまだに自分が事故にあったということが受け止めきれていないのだろう。

 私は実際の現場でどのように自転車を漕いでどのように車に轢かれてしまったかを話した。私はありのままを話した。そして、冷静に起こった状況を言葉にしていた時、あることに気がつく。右肘にできた真っ青な痣。地面に打ち付けてしまったのかと思っていたが、左手で受身を取っていたため、それは違かった。私の右肘はサイドミラーに直撃していたのだ。ここで野球の経験が生きた。投手をやっていた私は右肘だけはそれなりに強化していた自信があった。しかし、トレーニングの成果がまさかサイドミラー破壊という形で出るとは思わず、少し複雑な感情ではあった。

 遅れること30分。おじさんと警察官がやってきた。私の話とおじさんの話に相違点はないかの最終確認。ほとんど相違点はなく、実況見分的なやつは終わった。

 そろそろ終わりかな?という雰囲気の中、警察官の方がおじさんにある質問をする。「そういえば任意保険って入っていますか?」

「あー・・・ちょっと・・・」

 口を濁すおじさんを見て、また恐怖を覚えた。

#7(最終話)へ続く。


 

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