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【無料】 マキタスポーツ(著) 『越境芸人 増補版』 試し読み ☞ 「恋について」

およそ8年にわたるTV Bros.の連載をまとめ、書き下ろしの新作を追加した、マキタスポーツの新刊 『越境芸人 増補版』から、収録されているコラムを試し読み。全5回の第1回は「恋について」(第1章「感動の国 ニッポン」より)です。

恋について

 「恋」について、どう思いますか? 本当に色んな人に意見を訊いてみたいんです、この件。ちなみに、僕が問題にしたいのは、いわゆる恋愛の「恋」に限らず、「惚れる」という意味全般での「恋」についてです。

 子供の頃「恋」はとても恥ずかしいものと認識していました。これは多分に生育環境にその原因があると思われます。例えば、僕の母親は、僕の同級生のカップルなどを見るなり「ほら見てみろ、あああ、手なんかつないでぇ」と、爆笑しながら言うのです。挙げ句、口を思い切りしゃくり上げ「オ、オラ恋しちゃっただ~」と、妙な声で、どこの誰だかわからない田舎っぺになり、思い切りバカにしたようにおどけて見せる。要するに「頭がおかしい」と言いたいらしいのです。

 だからか僕は、いまだに「好きになる」という気持ちがよくわからないままでいます。わかっていることは「惚れる」という情緒に対するネガティブな感覚。実際、何かに「恋」をしている人を見ると、思わず”口をしゃくり上げ”たくなるのだし。更に「恋をしたい」とか言っている者などの場合は、いよいよ「バカだ」と確実に思っている自分がいます。

 食うだけで精一杯な時代に生きてきた人、また、文化的な行いを全て「無駄」と妄信する人間に教育されてしまったことで、「恋」に限らず、文化全般に言えることだけれど、自分の生育環境にはそういった「色味」は不要と擦り込まれていた節があります。僕は「人生の余分」に対しての免疫がないのかも知れません。だからよくあるのが、やれ小説を読んで「人生観変わりました」とか、映画を観て「高校を退学した」とか、ブルーハーツを聴いて「死ぬのをやめた」とか言ってる人……何度も言って申し訳ないけど、「この人はバカなんじゃないか?」と思ってしまいがちなんです。で、これがある種の“生体反応”になっている。

 しかし、一方で、凄く「うらやましいな」とも思う。何かに入れあげ、惚れて、“バカになった人間”の貯めた「バカ預金」は、僕のような表現稼業にはとても大事なものです。普通の預貯金が“老後”の身を助けるように、人間から芸人に生まれ変わる我々には、言わば“芸人後”という人生が確実にあるのであり、その時、身を助けるのが「バカ預金」だからです。

 踏まえて、これは僕のような偏った人間だから言えることだと思うのですが、世界はヤケに“気持ちを乗っ取られたがってるぞ”と思うのでした。「恋」を広義に「感動」と翻訳してみます。そういった、ある意味「気持ちを持ってかれている」状態の人間を、迂闊にもからかえば怒られるようなムードがありますよね。それがすごく気持ち悪い。

 先日、仕事でカニを食べたんですが。つくづくカニってやつは「食べさせる」やつだなと。「食べる」じゃなくて、いつの間にか「食べさせられている」。僕はこの“乗っ取られてる”感がイヤで、普段カニをあまり食さないのです。そう考えると、皆さん結構カニが好きだな〜と、否、更に言えば、カニ的な非現実感が好きだと。つまり、世の中の人は「乗っ取られ」が大好きで、皆乗っ取られたがってるんじゃないかと考え入りました。“恋愛体質”を是とする、ある種の「催眠信仰」が優位にある。

 信仰、皆その信仰心を積極的にも消極的にも抱えていかざるを得ないのが「恋」なのかも知れません。でも、「恋」の先にある「感動」も怖いなと。

 今や「感動」は飽和状態の“感動供給過多時代”。“アル中”を許さない世間が“恋中”を許容する不思議を感ぜずにはいられません。甲本ヒロト氏は「人は悲しい程“感動しないと変われない”」と言います。しかし、それも善し悪し。人は「感動」のためなら戦争反対もするし、戦争もすると思うのです。だから「恋」はおっかない。

【初出:TV Bros. 2013年10月26日号】

 

画像3撮影/ただ(ゆかい)

マキタスポーツ
1970年生まれ、山梨県出身。芸人、ミュージシャン、役者、文筆家。2012年の映画『苦役列車』で第55回 ブルーリボン賞新人賞、第22回 東京スポーツ映画大賞新人賞をダブル受賞。著書に『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)、『すべてのJ-POPはパクリである 現代ポップス論考』(扶桑社文庫)、『アナーキー・イン・ザ・子供かわいい  “父親に成る”ということ』(アスペクト)がある。

<書籍情報>

ジャンルを“越境”するマキタスポーツ、10年分の評論集。

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芸人・ミュージシャン・役者・文筆家と、ジャンルを“越境”しながら活動を続けるマキタスポーツによる、渾身のセルフマネジメント論にして、10年分の評論集。

さらに、アイドル歌手から俳優まで、あらゆる分野でトップに立ち、近年は公演や映画のプロデュースを手がけ、表舞台と裏方を行き来する“越境”のスペシャリスト、小泉今日子との特別対談を巻末に収録。

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業界を飛び越え、ジャンルを横断するなかで見えてきた、定住しないからこそできること。いまや誰もが生き方の“編集”を求められる一億総表現者時代。セルフマネジメントだけが身を助ける自己責任社会。

考えない勇気を持て。
幸福の先を探せ。
頑張るな、負けろ!
とどまるな、越境しろ!

マキタ式“第三の思考法”にして、斜め上の日本人論。

マキタスポーツ (著)
『越境芸人 増補版』

発行:東京ニュース通信社
発売:講談社 
本体価格:1,500円+税

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