見出し画像

【無料】 マキタスポーツ(著) 『越境芸人 増補版』 より 「前書き」を公開

11/5(木)に発売される、マキタスポーツの新刊『越境芸人 増補版』(発行:東京ニュース通信社 発売:講談社)より、「前書き」の全文を無料公開。

画像1


〜前書き〜

 2020年、コロナ禍。“刑務所の自由時間”のようなこの時代をどう考えたら良いのだろう。

 今、世界は「常識」の更新が求められています。残念ですが、今までの常識が通用しなくなってしまった。コロナのせいです。常識やルールは、所詮、“頼りなき人間”の作ったもの。100年単位か、1000年単位か、長い歴史の中では、常に点検しないといけないのが「常識」ではあります。「何故よりによって俺の時代に!」と思っても、更新はしないとダメらしい。何故か? それはとても便利だからです。

 反常識も、非常識も、「常識」というスタンダード無くしては成り立たない。それが証拠に、習慣や常識は自分の表現の元になっています。世間の秩序やセオリーは、煮てよし、焼いてよし、逆手に取るもよし、とにかくネタになる。そして、やがてネタから離れ、生活に戻れば安穏と暮らしていける。「常識」はこんな歪んだ僕でも便利に使えるということじゃないでしょうか。

 でも、家賃2ヶ月分払って更新できるならいいですが、今度はそういうわけにはいかない。「常識」の底が抜け、宇宙に投げ出された常識ゼログラビティ状態。こんな不安な世の中もありません。停止していた思考を動かさなきゃいけなくなったんです。

 ところで……

 「丁寧な平成vs雑な昭和」という図式があるとします。ちなみに僕は、このことを念頭に自分の問題修正のきっかけにしています。昭和生まれの雑な思考回路のおじさんですからね。さて、その上で令和は果たしてどんな時代になるのか?

 文明社会は、ルールの網の目をどんどん細かくしてきています。これは、新たな常識を作るというより、それまでの“常識の強化”です。

 多様性、ポリティカルコレクトネス、LGBT、企業のSDGsなど、おおよそ昭和の時代なら考えられないほど、益々細やかな配慮が様々な事象に投げかけられる。そうして世の中は、螺旋状に少しずつでも良くなろうとする。すくい取れない問題がなるべく生まれないように、そして、問題と解決がその網目から取り上げられるための工夫。会話一つとっても、コミュニケーションの一環としてされていたエロトークは、「お茶目」ではなく「セクハラ」と細かく分類、裁定されるようになりました(マナーの条項が増えたということ。利用規約に同意してください)。

 一方、気にしなくてはいけないことは右肩上がりに増えます。思いやりの解像度を上げる、証拠は必ずとる、固定観念で判断しない、勉強して取り組む。まるで触ると電気がビリビリするイライラ棒です。が、精度を上げるのはマストであり、なるべく傷つく因子を取り除いて行いに励む。それが正義なのです(でも、人間の「悪性」はどこにいくのでしょうか? 「悪性」とは人間のズルさです)。

 「常識の強化≒ルールの網の目の細かさ」とは“「関わり」には摩擦が生まれる”という社会の大前提の上に成り立っている、言わば“人類普遍の設問”です。ところが、その未来永劫揺るがないと思っていた大前提が覆された。それが「新型コロナウイルス」ってやつ。神様の出したお題は「答えは無いけど、回答せよ」。誘拐されていないのに誘拐犯を捕まえろ、とはこれいかに。酷い謎々です。“おとり”扱い出来ません。

 人間はこれまで、自分以外との「接点」や「関係」によって、ストレスも、幸福も、恩恵も得てきた生き物。それがコロナというウイルスのせいで、「関わり」自体を疑わなくてはいけなくなってしまった。ワクチンの開発は待たれるところですが、それがクリアになっても、この哲学的命題だけは残りそう。そういう非常にクリティカルな問題に直面してしまったのです。

 確かに、コロナは得体の知れない新種かもしれません。僕が知りたいのは、PCR検査とかいう「丁寧」が無かった時代にあったであろう“難儀を凌ぐための知恵”です。でも、螺旋状に良くなっていた世の中が、実はなんの学習もしておらず、知恵もない。良かれと思って網の目を細かくしたことが裏目に出ていて、その副作用がある。丁寧な検査をすれば感染者は増えるのです。じゃ実際増えたのは何か? 「情報ゾンビ」でした。

 情報ウイルスに侵されたゾンビたちが、人に噛み付きまくる。これはどうしたものか。どうしてよくわからないことに、こんなにヒステリックになれるのでしょう? 制度やシステムが丁寧でも、人が雑なままじゃしょうがない。本来ならば、もっときちんと状況を把握し、冷静に勉強しないといけないはず。でも、その実やっていることは新規マナーを相手に押し付け合う“えんがちょゲーム”じゃありませんか。

 結局、丁寧とは云いつつ、本音は面倒くさいのだと思います。何せ「習慣」と「面倒くさい」で人間は出来ていますから。わかりやすい敵を作ったり、いかにも具体策っぽい「三密」とか「ディスタンス」とかいうルールだけあれば守った気になるという。人間、今日も正しく愚かです(こんなところに出てきた「悪性」ぶり)。何も考えなくてよかった、あの頃の「常識」が恋しい。ああ、憧れの思考停止、といったところでしょうか。

 唐突ですが、ここで謎掛けを一つ。コロナと掛けまして、坂上忍と解く、その心は「毒が弱まって好感度が上がります」。

 「こんな窮地に謎掛けか!」とお怒りでしょうか? でも、忍さんに限らず、毒舌系タレントの発生と浸透って、本当にコロナとよく似ているんです。「初期は毒性は強いが、だんだん毒が弱まり、重症化しない」とか、まさにそう。「あの人は危ない」と言われていた人も、認知されると、感染力(好感度)は上がり、同時に毒性が弱まり、重症者(濃いファン)がいなくなる。ウイルス視点に立てば、死滅させられないために毒素を減らし、数を増やすというのは正しき“生き物戦略”です。斯くして、CMに出るぐらいの頃にはこっちにもすっかり免疫が出来ていると。僕にとって「withコロナ」とはそういうもの、と、途中からは思うようにしてました。

 僕は、こんな人類史的難題を、単なる比喩で切り抜けようとしています。不真面目でしょうか? 否、ユーモアです。学者だって政治家だって、すぐにはどうにもならないことが、わかった気になってバタバタしてどうなるというのでしょう。だから、これからは“冗談と常識”のダブルスタンダードで生きるんです。僕は新常識の更新を待ちながら、得意なことをして笑って過ごします。

 今回の件で露見したのは、「わからない」に対して弱い社会という事実。正解という甘みに浸りすぎた結果でしょう。「答え」を摂りすぎて、おしっこに答えが混ざっちゃう“答尿病”です。自分で考えなくとも、正解があれば安心する。もしくは、自分が見たい都合の良い答えを盲信する。わからないことがあった時、検索して納得する。そんなことで本当の知性は身につかない。それなら僕は自分で考える、もしくは、人の回答に気をとられるぐらいなら「考えない」という姿勢でいます。安心しようとするから間違うんです。考えた気になって安心するぐらいなら、“考えない恐怖”に向き合いましょう。

 要は皆トンチキなんです。

 ならば“とんち”として「考えない」、または「何もしない」です。マキタ一休、将軍様の無茶振りに対して「何もしない」。ゴールキーパーを抜いたメッシがパスをして来ても、マキタ「何もしない」です。

 パニック映画を想像してみてください。みんな慌てふためき、我先に助かろうとし、裏切り、人を襲い、または、人々の行方を指し示すヒーローが間抜けに死んだりする中、一人“何もしないおじさん”がいたらどうでしょう? 僕はそういう、ある種の不気味な人でいたいと思っています。あなたはその他大勢の顔のない役者でいいですか? 僕はそのパニック映画のエキストラでいたくない。ならば、そんな劇的な世界に馴染まない“様子のおかしい人”でいる方を選ぶ。テレビを消し、スマホを閉じ、みんなと一緒の何かをしたくなるのをじっと堪え、この状況を見つめるんです。

 ウイルスは人体に越境して初めて「有害なウイルス」と、人間側から勝手に認定されます。ならば、僕はこの時代にあって、ある種のウイルスになろうと思いました。本来、一人一人が考えないといけない時代に、思索も内省も奪われ、分断される。そんなムードに惑わされ、一緒になってブレるわけにはいかない。世間という人体に「違和」という毒で抗します。世界が異常なら正常に、世界が正常なら異常に、です。

 だから、越境の作法を記す。

 この先の生活基準にも絶対にエンタメは存在するでしょう。そんな時にこそ、越境的センスが必要です。僕はそのセンスを伝えるべく、再度原稿に向かうことにしました。同志と出会えるよう、自分の考えを書く、伝える。わからないことに心を費やし、何かを為した気分でいるより、自分に出来る「おもしろ」を一片の文にする。とてもシンプルなことでした。

 この本に書かれている内容は、まさに不要不急の駄文。でも、人々に、制度に、流されまいと踏ん張る人、自分で考えたい人にはインスピレーションを与えられると思います。

 今回、増補版として新たに8本ほど新ネタを書き下ろしています。さらに、小泉今日子さんという“越境先輩”との特別対談も収録しました。必読です。

 初めてこの本を手に取った方は、力まず、様子のおかしいおじさんの独り言にそっと耳を傾ける感じで読んで欲しいと思います。全体重は乗せず、半身でいるぐらいだと、重要至急な何かを発見出来るかもしれません。

2020年10月
常識と冗談の越境者 マキタスポーツ


画像2

マキタスポーツ
1970年生まれ、山梨県出身。芸人、ミュージシャン、役者、文筆家。2012年の映画『苦役列車』で第55回 ブルーリボン賞新人賞、第22回 東京スポーツ映画大賞新人賞をダブル受賞。著書に『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)、『すべてのJ-POPはパクリである 現代ポップス論考』(扶桑社文庫)、『アナーキー・イン・ザ・子供かわいい  “父親に成る”ということ』(アスペクト)がある。


<書籍情報>

ジャンルを“越境”するマキタスポーツ、10年分の評論集。

画像3

芸人・ミュージシャン・役者・文筆家と、ジャンルを“越境”しながら活動を続けるマキタスポーツによる、渾身のセルフマネジメント論にして、10年分の評論集。

さらに、アイドル歌手から俳優まで、あらゆる分野でトップに立ち、近年は公演や映画のプロデュースを手がけ、表舞台と裏方を行き来する“越境”のスペシャリスト、小泉今日子との特別対談を巻末に収録。

画像3撮影/ただ(ゆかい)

業界を飛び越え、ジャンルを横断するなかで見えてきた、定住しないからこそできること。マキタ式“第三の思考法”にして、斜め上の日本人論。

業界を飛び越え、ジャンルを横断するなかで見えてきた、定住しないからこそできること。

いまや誰もが生き方の“編集”を求められる一億総表現者時代。
セルフマネジメントだけが身を助ける自己責任社会。
考えない勇気を持て。
幸福の先を探せ。
頑張るな、負けろ!
とどまるな、越境しろ!

マキタ式“第三の思考法”にして、斜め上の日本人論。

雑誌「TV Bros.」でおよそ8年にわたって連載されたコラムに、書き下ろしの新作を追加して、ついに書籍化!

マキタスポーツ (著)
『越境芸人 増補版』

発行:東京ニュース通信社
発売:講談社 
本体価格:1,500円+税


11/5(木) 渋谷LOFT9にて、
発売記念トークイベント開催!

マキタスポーツ「越境」を語る
(ゲスト:片桐仁)

画像4

【出演】マキタスポーツ
【ゲスト】片桐仁

OPEN 19:00 / START 19:30(END 21:30予定)

■ 会場チケット 前売¥2,000 / 当日¥2,500(+ドリンク代)/ 50名様限定
■ 配信チケット(本付き)¥3,150 /(本なし)¥1,500

会場チケットはPeatixにて、配信チケットはZAIKOにて発売中!!
Peatix(会場)→ https://peatix.com/event/1690852
ZAIKO(配信)→ https://loft-prj.zaiko.io/_item/332313

マキタスポーツの新刊『越境芸人 増補版』をテーマに、アフターコロナにおけるエンターテインメントのあり方、表現の主体性と客観性、そして個人に求められるニューモードについてなど、2020年の現在地から見た新たな提言と「越境の作法」を語ります。

さらに、特別ゲストとして片桐仁の出演が決定。デビュー当時から交流があり、芸人/俳優という「越境」仲間でもある二人が、お互いのキャリアの現在地をたっぷりと語り合います。

なお、当日はマキタスポーツに聞きたいことや質問も募集いたします。
ハッシュタグ「#越境芸人」を付けてぜひツイートしてください。


ここから先は

0字
「TV Bros. note版」は、月額500円で最新のコンテンツ読み放題。さらに2020年5月以降の過去記事もアーカイブ配信中(※一部記事はアーカイブされない可能性があります)。独自の視点でとらえる特集はもちろん、本誌でおなじみの豪華連載陣のコラムに、テレビ・ラジオ・映画・音楽・アニメ・コミック・書籍……有名無名にかかわらず、数あるカルチャーを勝手な切り口でご紹介!

TV Bros.note版

¥500 / 月 初月無料

新規登録で初月無料!(キャリア決済を除く)】 テレビ雑誌「TV Bros.」の豪華連載陣によるコラムや様々な特集、テレビ、音楽、映画のレビ…

TV Bros.note版では毎月40以上のコラム、レビューを更新中!入会初月は無料です。(※キャリア決済は除く)