少女マンガの魔術体系を愛し続ける者たちに伝えたい、『少女マンガのブサイク女子考』が提示するやさしさ
トミヤマユキコ『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)
少女マンガの魔術体系を愛し続けるために
“ブサイクヒロイン”を通じて新たな「魔法」を
書評:ひらりさ
実を言えば、この本を警戒していた。
私は幼少のみぎりより少女マンガを愛し、それが長じてオタクになった人間だ。「“ごく普通の女の子”って設定だけど、客観的に美人として描かれている上に性格も良くない?」というツッコミを心の中でグッと抑えて、数々の作品を読んできた。そして時々は、“ごく普通の女の子”という、少女マンガの「魔法」を無意識に利用して、彼女たちを自身の依り代とし、“イケメン”との恋愛に耽溺した。これはきっと、他の多くの少女マンガ好きにも当てはまることだろう。
そんな私が“ブサイクヒロイン”を扱う作品に抱いていた気持ちといえば、「夢見させてくれよ」である。いくつかの作品を知っているけれど、「誰でも努力すれば綺麗になれる!」的なオチには、どうしても「そんな現実を少女マンガでやらんでほしいな……」という気持ちになってきたし、逆に「性格の清らかさゆえに見そめられる」オチには、「私は見た目も性格もひねくれているという自認があるから、それだったら全面的に夢でコーティングしてくれる一般的な少女マンガの方がいいな」と思ってしまってきた(わがままですみません)。
そんなわけで当初は本書を読むことに抵抗があったのだが……結論を言えば、少女マンガの「魔法」に支えられてきた読者をも励ました上で、少女マンガの新たな地平を切り開く本だった。
最大の驚きは、“ブサイクヒロイン”が出てくる少女マンガって、こんなにあったんだということ。26作が取り上げられているが、そのうち私がストーリーまで知っていたのは、4作ほど。飛び道具的な短編だけでなく、十何冊にもわたる長編もあったとは。「見た目」が鍵となる少女マンガ作品がこれだけあること自体が発見だった。
ヒロインたちが葛藤と向き合う方法も様々だ。「ブサイクでも恋がしたい!」と叫んで身嗜みやメイクを研究し自分を変えていくヒロイン(『圏外プリンセス』)は王道(?)だが、美しい異母弟との結婚を許されるためにダイエットするが、すぐリバウンドするヒロイン(『薔薇のために』)、魔法で30時間だけ美人になるが、身の丈に合わない美しさが災いして死ぬことになる(!)ヒロイン(『エリノア』)もいる。 “ブサイク”の描かれ方で、時代ごとの価値観が垣間見えるのも発見だった。能町みね子さんが、帯文で「多様性そのもの」と書いていた通りだ。
ルッキズムの話を正面からされると、“ごく普通の女の子”設定が陳腐に思えてしまうのではという懸念も、杞憂だった。“ブサイクヒロイン”を描く作家たちは、少女マンガの魔術体系を愛し続けたいからこそ、その副作用の「呪い」を解体し、“ブサイクヒロイン”を通じて新たな「魔法」を生み出すことを選んだのだと、つくづく理解した。ピンとこない作品もあったけれど、思い切り響く作品もちゃんとあった(私の場合は『アンナさんのおまめ』である)。私自身がまだ解けていない「呪い」——というかルッキズム——への解像度も上がった気がする。
序盤でこれでもかと少女マンガの「魔法」の魅力を強調したけれど、本書を読んで、気づいた。私は“イケメン”に夢中になっていただけではなく、人間関係の妙や人生の苦味が巧みに描かれているから、少女マンガに耽溺していたのだということに。おもしろいフィクションに出会いたいすべての人に読んでほしい本だ。
ひらりさ ● 1989年生まれ、東京都出身。ライター・編集者。女・お金・BLなどに関わるインタビュー記事やコラムを手掛けるほか、オタク女性4人によるサークル「劇団雌猫」のメンバーとしても活動。劇団雌猫としての最新刊は、オタク女子たちが元気にオタ活していくための「ゆる健康法」を綴った『一生推したい! 私たち、ゆる健康はじめてみた』(主婦の友社)。
【書籍情報】
トミヤマユキコ(著)
『少女マンガのブサイク女子考』
左右社
1700円+税
少女マンガのヒロインは、ブサイクという設定でも「全然ブサイクじゃないじゃん!」と突っ込みたくなるかわいい女の子ばかり……。と思いきや、「ブサイクヒロイン」はこんなにたくさん存在していた。萩尾望都、山岸凉子、岡崎京子、安野モヨコほか、全26作品を収録した前人未到の少女マンガ×ルッキズムエッセイ。各章の終わりには、美内すずえなどの敏腕アシスタントとして活躍した笹生那実による考察マンガ、巻末には能町みね子との特別対談を掲載。
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