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和菓子屋さんのはなし
とある小さな古い町に、ひとりの和菓子職人がいました。彼の小さな店には、毎日美しく丁寧につくられた和菓子がならびます。
「すてきなお菓子ね。食べるのがもったいないくらい。」
「ずっと飾ってながめていたいね。」
「なんてかわいらしい。わたしはこれをいただくわ。」
ショーケースの中の和菓子をえらぶお客さんが、ふんわりと優しい顔になるのを見ると、和菓子職人はとても幸せな気持ちになるのでした。
ところが、この和菓子職人には悩みがありました。
彼は毎晩布団に入り、小さなノートに次に作る和菓子のアイデアを書くのです。書きながら、そのままウトウトと眠ってしまうのですが、朝起きると、そのノートには、新しい和菓子の姿がしっかりと描かれているのでした。
「はて…これは、わたしがかいたのか?」
そのすばらい和菓子のアイデアを眺めながら、和菓子職人は不思議な気持ちになりました。しかし、それを作ってみると、本当に美しくおいしい和菓子ができ、お客さんはたいへん喜びました。
こんなことが続き、和菓子職人は少し怖くなってきたのです。だって、自分が考えた和菓子とは思えないのですから。
和菓子職人は、小さな古い町の、子供の頃から毎日のようにお参りしている神社で手を合わせました。
「神様、ノートの和菓子は、本当に私が描いたものでしょうか。それとも私は悪しきものにでも憑かれてしまったのでしょうか。どうか教えてください。」
和菓子職人さんは最近ではノートを書くのもなんだか気がすすまずに、少し書いてはページを閉じてしまう日が続いていました。
しばらくして、降り続いていた雨がようやく止んで、雲の切れ間から久しぶりのお日様が顔をのぞかせた日の午後のことです。
和菓子屋さんに小さな女の子がやってきました。
「あの、頼まれて、お手紙を持ってきました。」
そう言って、女の子は小さく折りたたんである一枚の紙を、お店番の奥さんに渡したのです。奥さんはすぐにお店の奥にいる和菓子職人さんに声を掛けました。
「おやおや、ありがとう、誰からかな?」
和菓子職人さんは女の子の前にしゃがんで、手紙を受け取りました。
女の子は和菓子職人さんと同じように小さくしゃがむと、ひそひそ声で言いました。
「あなたからよ。小さな男の子のあなたからよ。その子は和菓子が大好きで、毎日毎日、和菓子の絵を描いているのよ。忘れないで、って。」
女の子は、ないしょ話を終えると満足そうに立ち上がって、くるりと向きを変えるとお店から出て行ってしまいました。
和菓子職人さんはゆっくりとたちあがり、渡された手紙を開きました。
(あ。)
紙にはたくさんの和菓子のアイデアが、幼い字と絵で描かれていました。
(そうか、そうだった。)
和菓子屋さんは思い出しました。小さなころから、和菓子職人だったおじいさんに憧れて、世界で一番の和菓子職人になりたいと思っていたこと。ノートや裏紙に和菓子のアイデアを書いては、おじいさんに見てもらったこと。
「おお、なかなかいいな。これはお前の宝もんだ、大事にとっとけよ。そしていつか形にしてやるんだ。」
そう、おじいさんは言ってくれたのでした。
「そうだった、そうだった。憑き物なんかじゃない、ノートを書いていたのは私だ、子どもの頃の私だ。忘れていてごめん、ありがとうありがとう。」
和菓子職人さんは、小さな自分の夢をひとつひとつ拾いながら、今日も和菓子を作っています。